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2006年8月27日 (日)

功名が辻 (34) 聚楽第行幸

おーい、NHKよぉ!
聚楽第ってどこにあったか知っとるか?
京都の真ん中やで!
なのに再現CGではなぜに平山城なんだよ。
その昔「天下を獲った男」っていうドラマで、尾張中村の風景が完全な山間だったことがある。あれは半分おちゃらけだし、しょせん民放ドラマだか ら苦笑いしたけれども、聚楽第の平山城はあまりにひどかろう。なんでも城らしくみせりゃいいってもんじゃないよ。
聚楽第は本格的城郭ではなく、駿府の今川館や二条城に似た形式だと考える方が常識的である。
しかも天守が本丸と思われる高地にそびえ立っていて、最近の研究をまったく無視しているね。

どうも詰めが甘いね。詰めが甘いのに、無駄なエピソードを押し込むのはなぜだろう。
今回の官兵衛の話は有名な話である。
「わしが亡き後天下をとるのは誰か」
近臣は徳川家康や毛利輝元の名を挙げるが、秀吉は言う。
「あの、びっこよ」
史上、官兵衛は名参謀であることは疑いない。
が、このドラマで一度としてその表現があったか。
せいぜい小牧・長久手の戦いで「中入りはなりませぬ!」と怒鳴ったくらいだろう。なのに、そのびっこが「天下をとれる男」だという。話がむちゃく ちゃだよ。今まで官兵衛をおろそかに扱ってきたのならそれを通しなさいよ。それに何の意味があって突然官兵衛を持出すのか、意図すらはっきりしない。
官兵衛は豊前へ転封された時点で天下への志を捨てたという。

上記エピソードにはちゃんとオチもある。
「黒田殿が豊前12万石とは少なくはないか」という質問に「びっこに100万石も与えればわしの首があぶないわい」と答えたとか。

片手落ちのエピソードなどいらないよ。

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