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2006年7月17日 (月)

加藤主計頭清正 尾張中村に生まれる

Img_4082知人を中村まで送ったので、近辺を歩いてみました。
中村付近は完全に市街地していて、見る者もそれほどあるわけでない上に、以前にも訪れたことがあって行くところもないわけでありますが、気を取り直して写真撮り。

Img_4066中村といえば秀吉。
正式には前関白従一位豊朝臣 羽柴秀吉かな。
彼が中村のどこで生まれたかはっきりしてないけれど、むしろ素性がまともなのは、子飼いの家臣でもある加藤清正でしょう。彼は現妙行寺で生まれたことになってますね。彼は熱心な日蓮宗信者で、かぶと飾りに「南無妙法蓮華経」の文字が入っているのは有名です。
本堂には桃山風の飾りがついていて、彼が生きた時代を表現しているかのようです。

加藤清正の官位についてですが、これも秀吉らしい親心です。
清正と言えば虎退治や朝鮮役で武功を示した絵に描いた様な無骨者ですが、金勘定もできないかんと、「主計頭」に任じたという話です。そういった細 かい心遣いは後の近江派・石田三成のような治部少輔という官位から感じ取ることはできません。やはり加藤・福島のような連中は別格にかわいかったのだろう なあ。

通りを1本隔てて隣が中村公園。
3つある「豊国大明神」のなかで最も新しいのが名古屋の豊国神社で、創建は明治18年。維新に際して朝廷を尊崇した秀吉を顕彰したともいえそうで すが、実のところ、徳川政権に対する豊臣政権ということでしょう。豊臣〜徳川〜維新政府。つまり徳川の時代は終わったよ、という表明。
政治的な意図はぷんぷんにおってきますが、120年もたてば一応浄化されたと考えるべきでしょうか(苦笑)

Img_4089子供の銅像があります。
やんちゃそうなリーダーっぽい子供が秀吉なのかしら。

ついでに隣接している清正秀吉記念館に寄ってみた。
ここは3〜4回目だよ。
中村図書館の2階でタダだし、割と居心地のいい空間なのだ。
折しも、同館所蔵の秀吉直筆の手紙か何通かあった。
秀吉の直筆というのは、いかにも彼の人柄を表すようで、素朴な感じ。晩年に至って独裁者の悪い面が出てしまうけれど、英雄としての資質が文字から感じる....のは秀吉好きのひいき目かしら^^
どうみてもへたくそな字。
「書き慣れていない」頃の花押。
人懐っこい秀吉の笑顔が目に浮かびます。

中村公園から太閤通りへの参道で市が立ってました。
毎月9のつく日に立つ市です。
通りかかるたびに気にはなってましたが、今日が7月9日だと気付くまでずいぶん時間がかかったなぁ。
あいにくと時間が遅くて、店じまいの時間だったらしい。
片付けが終わった店もたくさんあったなぁ。
いかにも闇市の名残の様な、生活必需品中心の店ばかりでした。

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