最近のトラックバック

2016年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« おわび | トップページ | 転んでもただではおきないぞ »

2006年6月25日 (日)

ジョサイヤ・コンドル

Img_3416 Img_3433 Img_3442

知らん人がほとんどだと思います。
辰野金吾は知っていても、ジョサイヤ・コンドルは知らない。
治水に置き換えれば、沖野忠雄は知っているが、ヨハネス・デ・レイケは知らない、となるのでしょうか。

近頃かなり興味があるのが、明治のお雇い外国人です。
しかも日本に下ろしてしまった人たち。
ジョサイヤ・コンドルはそんな人らしいです。
鹿鳴館を設計した人といえば、その偉大さがわかるかも。
ぼくの場合も現実にはそうでした。
辰野金吾は知っていても、コンドルは知らなかった。
かれの作品が桑名にありました。

今日は作業現場に到着したとたんの雨。
撤収して、午後から行ってきました。
家から30分とかからない至近距離です。
桑名市の旧諸戸清六邸といいます。

今日は雨なので、被写体としてよりも歴史的建造物として見学してきました。洋風と和風の建物がつながり、一体の建物として使われていた日本人の柔軟さ。

「日本人は12才の子供のようだ」マッカーサーは言いましたね。
明治村にある学習院院長舎も確かこのたぐいの建物でありました。
子供時分に見たっきりで、当時はとってつけたような建物に違和感を感じたものです。

玄関は洋館部分にあり、ロビーをくぐると和館へとつながり、階段をあがれば諸戸氏の住まいです。一階はテラス、2階はサンルームとなっており、さらに書斎、居間とつながっています。

和館は一部二階建てとなっていますが、これは洋館部分からしか入れない、つまり「洋館だけでは気分が落ち着かないかもしれない」(展示内解説による)という当時の日本人が持っていた洋館に対する正直な気持ちの反映だったかもしれません。
庭の芝も青々としてとっても美しいし、その奥にある庭園も自然美を再現したかのような庭に造詣のない自分にもわかりやすい美しい庭園となっていました。

今日はとりあえず下見です。
後にあらためてゆっくり訪れたいと思っています。
バラが咲いていたり、桑名名物が食べられるレストハウスがあったり、六華園という公園として楽しめる施設です。

さて、ジョサイヤ・コンドルですが、彼は結局日本人の妻をめとり、日本に骨を埋めてしまいました。
多くの有能な建築士を作り出した功績は、明治政府が彼の為に用意した給金以上かもしれません。
大雨の中で撮った写真だから、なんとも見栄えが悪いですけど、数枚載せておきます。

ジョサイヤ・コンドルについての書籍をご存知の方はご一報を。

« おわび | トップページ | 転んでもただではおきないぞ »

建物」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/163414/10668477

この記事へのトラックバック一覧です: ジョサイヤ・コンドル:

« おわび | トップページ | 転んでもただではおきないぞ »