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2006年6月22日 (木)

関東放浪記 (35) 澁澤榮一

時間の経過を待って、渋沢史料館へ向かう。
隣接して渋沢邸の残された建物2棟、晩香廬と青淵文庫がある。
春の一時期に限って内部の一般公開がされているの。
それはほぼ1月半にわたるが、土・日・祝のみなので、遠客にはなかなか訪れる機会が得られない。
今回このような時期に休めたのはまさに幸運としかないのだ。

内部公開は12時半からおよそ3時間。
それまでに渋沢資料館を見学する。
澁澤栄一は血洗島の農家兼商家に生まれて、一橋慶喜公の側近となってのち幕臣となり、幕府瓦解後は一時期新政府に出仕を命ぜられたものの野にあっ て日本の産業や経済の育成に尽くした人である。昭和初年年々悪化する対米感情の解消に尽くしたことや、社会福祉にすら手を尽くした人である。明治維新で志 士と称する人はたくさん出たが、この人は自分ができる分野で日本の近代化に尽くした、すばらしい人であるという認識を持っている。
深谷市内にも彼の遺産はたくさんあるが、順序としてはやはりこの史料館を先にみるべきであると思った。
ここは彼の足跡をすべて記してある。
澁澤のなんたるかを知ったあとで、彼の遺産を見ればより理解しやすいと思う。

特別展として、晩香廬・青淵文庫を設計した田辺淳吉氏展が開催されていた。
晩香廬・青淵文庫内部公開といい、他の資料館の特別展の多さといい、博物館めぐりも人がよく動く時期をねらっているらしい。
博物館好きの多くは人ごみを嫌い、静かな環境で見学することを好むものだと思うが、カネがからんじゃうんですかねぇ、どうしても。
常日頃は絶対こんなに人が来ないだろうと思われるほどの人がいる。
おそらく平日など一日に10人も客があれば多いんじゃないだろうか。
それほどに渋沢栄一の活躍は地味で人に知られていない。

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