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2006年5月

2006年5月31日 (水)

ハードディスクを買う

内臓HDD容量が詰まってきたのでハードディスクを買いました。
据え置き型が300Gでも2万円を切る時代ですが、利便さをとりました。ポータブルHDDというらしい。
80Gで13000円と割高ではありますが、300Gなどという容量は今のところ必要としないため、これで十分なのです。
それよりもこのコンパクトさと、USBから電源が供給されることを重視。
ポケットにも入るサイズ。
80G。
ギ技術の進化はすさまじいのぅ。

ちなみにうちにしあと2台据え置き型HDDがあります。
どちらもSCSI(笑)
一台は170MB、もう一台は2G。
骨董品やん...ヽ( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄;)ノ

関東放浪記 (29) 歴博了

順路として最後に特別展・「日本の神々と祈り」がある。
神々とそれを祀る神社と人間のかかわり合いがテーマ化と思ったら違ってた。
大きな神社の歴史と現状を写真やパネル、実物などによって示されているだけのもので、少しく期待はずれ。
人が介在しない神社というものは成立し得ないが、それをテーマにしなきゃあかんだろ、って。
ましてや、厳島神社の台風被害の写真など見てもしかたないのだ。

時間が迫っていることもあってそそくさとあとにして、ミュージアムショップへ。
ここで集めてきたワークシートを綴じることが出来るバインダーを購入。
350円という安さだわさ!
これ一冊で日本の歴史が語れるね!
もっとも教師の力量はそうとう必要になるが、ワークシートそのものの質が高く、高所から物を見ている記述だから、それを教師が説明してやればよろしい。
白骨からどんなことがわかるか。
子供たちにそれを教えれば興味を持つこと間違いなしと思うのだが.....

そんなささやかなみやげを抱えて、古代米カレーとビールで一服する。
各展示室の間には、広々とした休憩所が設けられてはいるのだが、そんなとこで休憩しておったら見られる物も見られん。
急いで回ったからもうくたくた......
しかし生ビールがあるって...国立なのに気が利き過ぎですわ ^_^
そしてポテトチップスのつまみまでついている。
カレーのつきだしの福神漬けでビールを飲もうと思っていたのに、これで二杯飲めるわ!
ビールとカレーでいい気分になり博物館を出る。

博物館は旧佐倉城内で桜の名所でもあるようだし、加えて駅までの経路上には武家屋敷もある。
もう既に夕方に近い時間帯だから、武家屋敷の中には入れないだろうが、雰囲気は楽しめるはずである。
侍気分になって城下町の雰囲気を味わいつつ駅まで歩こうではないか。

2006年5月28日 (日)

功名が辻 (21) 開運の馬

山内一豊といえば馬の逸話である。
10両という貨幣価値と、千代の持っていた金の価値が等価であったとは考えにくいが、そういうことはあまり触れられないね。
10両という貨幣単位が出現したのはいつのことかはわからない。
農本位制から金本位を経て国家の信用による貨幣社会しか知らない今の人には、当時の価値という物はわかるまい。

黄金一枚と言うのは、貨幣ではない。
貨幣として製造されたものではなく、金のカタマリとしての価値としてしか彼らの頭にはないはず。金に対して貨幣と言う価値を最初に与えようとした のは秀吉であると思う。彼の治世は短くて、貨幣社会を見ることはなかったが、徳川家はそれを引き継いだ。つまり金貨が出現したのは、江戸初期である。だか ら一豊の意識としては、「金貨で物を買う」のではなくて、「金と馬との交換」でなければならない。なのに、一豊は「これで馬を買いに行こう!」という。
それは正しくないなあ。
名古屋にある貨幣史料館へ行って勉強すべし。

もうひとつ、信長の表現が破綻してはいないか。
「おれは神じゃ、仏じゃ」
「わしは狂ったのじゃ、狂ったまま神になってやる」
などいうが、そのシーンでは帰蝶に優しくことばをかけているし、ラストではわざわざ陪臣である一豊の妻まで呼び出して労っている。こういう細かいところまで心が行き届く人間がキチガイであろうか。
帰蝶はそういう信長を気違いだと思っている。
しかし一視聴者(帰蝶よりも歴史的水推移を知っているという意味では、われわれだって、神である)ですらそういう見方を否定する知識を持っているいるのに比べれば、帰蝶の考えが必ずしも正しいとは言えないと思うのだ。
劇中で光秀と帰蝶の使い方はドラマとして大変に面白いとは思うが、そういった細かいところにはどうしてもほころびがでるものだと思った。

二面性はあるかもしれないが、織田信長という人間は、二重人格でさえ制御してしまう冷徹さをも持ち合わせている。あの時点で彼は神であり仏であったという想いをぼくは否定しません。むしろ「神だから死なぬのじゃ」というのは、神のみぞ知るところ。
そう、われわれもまた神なのです。

ROLLING STONES AGAIN!

埼玉スーパーアリーナの録画を放映してしました。

メンバーはあんなことしてたんだ。
わしらのS席からはなんも見えなんだわ。
でもやっぱりナマの迫力には勝ててないね。
録画中継よりナマ。

ビデオに撮ったはずなのに、撮れてない。

でもいいのさ、今日のビデオを再びみたいとは思わない。
でもナマなら見たい。
それくらいの差があった、ビデオとナマ。
笑っちゃうくらいステージはよかったよー!

新時代のパソコンとは...

・PowerBookG4(アルミ筐体/1.67GHz/80GB/1.5GB/スーパードライブ)
・PowerBookG4(チタン筐体/667MHz/40GB/512MB/スーパードライブ)
・PowerBookG3(400MHz/8GB/384MB/DVDドライブ)

の3台があります。
G4アルミがメインマシンで、G3が完動品。
チタンはHDDが死んでいます。
このチタンを再生しようかという企画です。
スペック的には低いけれど意外と実際に使う分には負担をかけなければ満足に使えるのです。HDDが死んでいるのみだと判断しているため、交換すれば"使えるようになる"はず。
金額的にはそれほほど高くもないんだけど、もし一部ユーザーがウワサしている新しいPowerBookが出るなら、そちらへ飛びつきたい気もする。
要はそれまで部品供給がなされるか、ということなのです。
PowerBookのデザインはだんだん好みから外れていく。
アルミよりはチタン、チタンよりはLomardなのですが、さすがにLombardは液晶が小さ過ぎて使えない。。。

G4アルミはよみがえるのか。
それとも新型PowerBookの登場なのか。

関東放浪記 (28) 日本人の営み

これだけでもはるばると佐倉まで来た価値があったというものである。
昭和に残されたもの、江戸時代の写真、そして縄文の遺跡を見て自分の知らない過去を妄想する。
妄想したなかに人の思想などが含まれるべきであるが、それに目を向けないのはなぜだろう。
テレビドラマと同次元なのに。
同じヒトのしてきたことが、小難しいはずがない。
客観的事実を見て、自分がどう思ったかをそのまま過去に重ね、さらに冷めた目で第三者としてみてみれば、なんとなく日本人の構図が見えてくるのではないだろうか。
少なくとも自分はそうしたものを含めた人間の長年の営みのなかにロマンを感じるし、それこそが歴史の基本でもあり、これから先に知識として生きてくるものだと思うのだ。
ヒトがいるから歴史はおもしろい。
われわれも同じヒトであり、日本人なのだからね。

第五展示室は明治以降の日本の風俗と、蝦夷地を開発し、アイヌを圧迫した歴史が少しだけ扱われている。
映画館の模型などは蛇足としておくこととしよう。

一回りしてどうにか目は通した。そういうことにした。
どうせ再訪しなければこの博物館の真価はわからない。
一日で回ろうとするのがしょせん無理な話なのだ。
規模が大きすぎる...

F1モナコGP

なぜか25、27、28日と言う変則開催。
「ポールとらなくても優勝は可能」とミハエル・シューマッハは言うが、それは相手が止まっているか、スーパーアグリしかコース内に留まっていない時の話ですね。相手があれば著しく優勝の可能性は低いし、こと、ルノーがいればまずオーバーテイクは不可能。

トヨタは相変わらずですな。
Bスペックが悪いのか、タイヤが悪いのか。
BSが持ち込む"史上最高"のスーパーソフトタイヤとはいかなるものなのか。
「今年こそモナコで勝ちたい」とはBSの菅沼氏が語るが、来年はコントロールタイヤで100%優勝間違いなしだから別にいいじゃん(爆)

ミルクティ

あぁミルクティが飲みたい。
甘ったるいやつじゃなく、きちんとティーポットでいれた紅茶に濃
い牛乳をいれるだけ。
さらっとしたほのかな甘さに紅茶の香り。
あぁ、ミルクティが飲みたい。

ニュース

ボビー・オロゴンが独立!
「認めていない!」と事務所。
...だれそれ。

速見もこみちAV女優と純愛
...ヘンな名前。だれそれ。
AV女優は女じゃない様な書き方が腹がたつ。
バカフライデー。

フライデーといえば講談社。
講談社のホームページこそおもしろいよ。
くだらねぇ記事をのっけておいて、
『「おもしろくてためになる」出版を』をtitleにしてる。
100年笑い続けられそうな悪い冗談だな。
講談社も○カの集団なのか?
だれか教えてください。

トラックバック

たまにトラックバックをいただくんですが、なんの関連もない記事に対してトラックバックされているんです。
スパムやら企業の宣伝も困りものですが、こちらもなかなか困りものでして、どう反応したらわからない。

トラックバックってのは、
「うちにも関連した記事があるから読んで!」ってことだと理解しているんですが、違うのかしらねぇ。

関東放浪記に「歩くことはいいことだ!」とか、靴の話ならまだしも、ガメラの感想に「肩が凝った」って記事をリンクされてもね、こちらとしても困 るわけですわ。これ、宣伝くさいんですけど、内容はちゃんと書かれてるし、プロフィールもある。コメントに対してきちんとレスも返されている。つまりきち んとしたサイトなのですなぁ。

リンダ、困っちゃうのことよ(・・;)

関東放浪記 (27) 日本人の民俗と宗教観

第一展示室を出て休憩所で座り込んだとき、時間的な制約が大きくなってきたと気付いた。
まだ全体の1/5も見ていないのに1時間は経過している。
「第一展示室」といってもそれだけで通常の市町村にある民俗資料館を大きく凌駕しているためにしかたのないことであるが、自宅からの距離を考えた場合天秤にかけることすら困難である。
といいつつも特別展が最優先とされるため、常設ははしょることにして、ワークシートのみすべて集めていくことにする。
瀬に腹は代えられぬというし、集中力とてそれほど長続きする訳でない。

ずっと客が多かった館内も、進むに連れて段落としに空いてきた。
第三展示室ではぽつりぽつりになり、第四展示室ではほとんど貸し切り状態となった。
それなのに第五展示室になるとまた人が増える。つまり第四を飛ばしているのだ。
第四とは日本人の宗教観と民俗世界コーナーなのだが、実はこれこそがこの博物館の真の価値であると断言しよう。
ムラの風俗とか人の集団としてのありかたなど、集められた話を具体的に詳しく説明している場所をここ以外知らない。
自然神とのかかわり合いとか、集団としての宗教観とか、まったく知らなかったことばかり。
「故キヲ温ネテ新シキヲ知ル」とはまさしくこのことである。

日本人は無宗教ではない(恐れを知るものという意味合いにおいて)ことを証明してくれるコーナである。
いわゆる有形の神というものは持たない(仏教ももともと形のない宗教であるが)が、心のよりしろであったことは事実だし、呪術がいわゆる宗教的な 色合いを帯びているとすれば、それは宗教の一部として考えるべきである。古来自然を崇拝するという心を持ち合わせていたのは何も日本人ばかりではないと思 う。
さまざまな風土・環境においてそれぞれが特化していくものであって、地域によっては人間の精神が柱になった場合もある。
日本人は食について安定的であったため、宗教観が育たなかったという考え方があるらしい。それについて論ずる能力は自分にはないが、心の中を探っ てみると心当たりがないでもないような気がするのは単に日本人であるからだという気持ちの裏返しなのかもしれない。裏打ちが欲しいところではある。

2006年5月27日 (土)

ある防水材料メーカーの輸送業者

火曜日の午前中を指定して発注をかけた。
火曜はあいにくと雨だった。
雨では作業もできずに、材料の到着を待つ。
現場到着は8時半。

10時頃運送業者に一度目の連絡を取ると、11時頃には着くと言う返事。
11時を過ぎたところで二度目。
「昼前後」
こんどは1時過ぎに。
「運転手と連絡をとってみます」
返ってきた返事が冴えている。
「いつ到着するか予測不可能です」

材料メーカーというのは○○ルーフィングというおそらく日本有数の防水材料メーカーである。そういう会社が契約している運送業者の対応がこれ。
それも一度二度でないところが信じられない。
トヨタ系列に入ればおそらく上層部総入れ替えでしょうな。
そういう運送業者らしい。
あまりにひどい対応にこちらの担当者も切れた。
「積んで出たの?」
「う〜ん」
「最初から積んでないんでしょ、そういうことなんでしょ」
「う〜ん」
「明日の朝一番で持ってきてよ。遅れたら全部屋上まであげてもらうからそのつもりで」

そういう業者が大手としてまかり通っている運送業界ってある意味すごい業界だなと思う。
自分がトラックに乗っていた時だってこんないい加減なことしてなかったけどなぁ。
結局荷主と運送業者(倉庫業も兼ねている)と現場の連絡がまったくできていないってことなんだろうけど。
おかげで6時間も時間を無駄にした。

長野・善光寺へ行く(番外編) 〜長野電鉄に乗る。

Img_2611  Img_2626
一駅だけ、長野電鉄に乗ったことは既に書いた通り。
市役所前から長野駅は一駅なのです。1分で着く。
電車は東急のお古で3両編成。

市役所駅は北と南に出入り口があるのだけれども、なぜか南口は閉鎖されてただの地下道と化している。入り口に記されていないので、「地下道」を降りてしまったがや。

北口まで歩くとけっこうな距離がある。
南へ向かうのに北口へ歩くのは大変心に引っかかるが、長野電鉄に乗るためだから仕方ない。

160円の切符を買い地下ホームへ。
地下ホームは薄暗く、乗客も2人だけ。
常識的に長野駅へ行くのに電車に乗る必要はないからでもあるが。
轟音というほどでもなく、10時13分発の電車はやってきた。
トロリー線を使っているためか、トンネル断面は地下鉄よりも大きく、騒音も少ない。騒音が小さいのはトンネルのサイズや速度も関係しているだろう。

電車に乗ってみる。
普通の電車だ。
するする〜っと走り出し、あっという間に長野駅。
かなりの手前から減速しての構内侵入のためスムーズな発着であった。
端っこのホームには信州中野行き電車が止まっている。

長野駅は島式ホームが2面。
いわゆる2面3線で、真ん中のホームだけが両側から乗降できる構造である。これはおそらく朝晩の乗客数に対応したものかと思われる。つまり朝夕は相当混む!

乗ってきた電車は折り返し須坂行きとなる。
見慣れない電車をぽつりぽつりと撮影しながら路線図を見ていた。
桐原、朝陽、布施、都住、桜沢、夜間瀬、綿内、若穂...
きれいな駅名が多い。
ひとつひとつなら気付かないことも、これだけ連続すると、ため息が出てしまう。地名ひとつにしても、そこに住む人たちのこだわりや歴史に対する意識が根付いていたりするものである。
日頃から、教養水準が高いと勝手に思っている長野県民だなぁと思う。なにしろ、信濃などという美しい国名を持つくらいですからね、それ以前に気付いてほしいという話でもあります。
それにしても都住、桜沢、夜間瀬、若穂の4つは特筆すべきです。
山瀬を夜間瀬と書き換えてしまう日本人の言葉感覚はほんとうに優れていたと思うしかありますまい。
実際に行ってみると普通の農村だったってなことでしょうけども、何か違うかも!と思いつつ訪ねてしまったりするのです。。。

長野駅はひとつ上の階。
ホームは地下2階ということになるのかな。
駅が地下一階ね。
なにか記念になるものはないかときっぷ売り場を探すと、
「日本一大きな入場券」を発見。
幅20cmほとんはありそうだ...
意匠は赤線が引いてある古いタイプの入場券。
160円というなんのプレミアもない値段がうれしいね。
おみやげは金額ではない。

http://www.nagaden-net.co.jp/

関東放浪記 (26) 国立であることの意義

Img_9983_1 Img_9993

「どうされますか」とは歴博窓口のおねーさん。
折しも「日本の神々と祈り」という企画展が開催中で、常設展に加えて企画展を見るか?というお尋ねである。
見たい気持ちはあるが、問題は時間である。
常設を見るのに一般的にかかる時間を尋ねると、「2時間前後でしょうか」。
んんー、なら一日はかかるな(爆)
こういう場合は、貴重な物から優先していく。
常設を飛ばしてでも企画展は見ねばなるまい。
常設展示込みで830円。

大半の客は常設のみである。
しかも酒臭い客が多い。
全体のスケール感がわからないので、いつものペースで見学する。

通常の博物館とはお客の雰囲気すら違っており、まじめに見ている人が多い。
大規模な博物館では多くの場合冷やかしが大半である。
酒臭い集団だったり、声高に叫ぶ人だったりする。
そういう集団が少ないのは、佐倉市自体がそれほど著名な観光地ではないからかもしれない。 静かにぼそぼそ話す品のいい女性グループのような、最も博物館にふさわしい客でありながら最も少ないパターンのグルーブが数多くいるのも、ここの特徴かもしれない。

博物館としては、国立であることを自覚した内容である。
地方博物館は当該地域のみをその対象とするが、ここでは日本全体の時代の流れを柱として、地方の著名な例をあげている。展示方法としては、県立などとは逆かもしれない。
また、精密な集落模型が多く、ビジュアルで理解度を高めようとするのも、タイヘン良い考えだと思う。
弥生時代の集落模型もいにしえの生活ぶりを目で見ることができ有意義であるし、いわゆる博物館的な「見る側の想像力に依存する」タイプでないこと も、興味がない人の目を奪うのではないか。博物館としてはどこでもやりたいものだろうが、予算やスペースなど様々な制約がある。そういう点「国立じゃなけ ればできない」施設になっている。

2006年5月23日 (火)

5/20、長野・善光寺をみる(後編)

Img_2736前の人に続いてくらやみに沈んで行く。
天守の階段の様に急な階段で、先に見える暗闇とともに期待に胸が膨らむ。
右側の壁に伝って、先の人の存在感を確認しながらゆっくりゆっくりと歩む。某野党の牛歩より遅いであろう。
歩みととともに闇が深くなる。
そのうち真の闇になる。
つまり何も見えない。
一筋の光、漏れるあかりもない、完全なる闇。
少しばかりの恐怖心も沸いてくるが、上に阿弥陀仏があると思うとなんとなく安心感すら感じるのは仏の偉大さか(不信心のくせになにいってやがるw)

「これが上とつながっている」
というようなことを先の人に聞いた。金属製のハンドルのようなものであったと思う。
むろん暗闇なので、相手の手を取って触らせてあげないと、後続の人はことごとく阿弥陀様に触れられないことになるので、自分の次の人の手を取ってそこへと誘ってあげる。
なんだか不思議な連帯感を感じるものだ。
できうることなら若いおねーちゃんならよかったなぁ(^▽^;

無事闇から脱出し、本堂をぐるりと一周し、史料館に寄って名古屋行き最終高速バスの客となる。

帰りの車窓に西条山(妻女山)が映る。
松代にも行きたくなったなぁ...

2006年5月22日 (月)

5/20、長野・善光寺をみる(前編)

Dvc00009_1仕事を終えて最終の長野行きバスを捕まえる。
じかんつぶしのあいだにすっかり酔っぱらいになってしまった(^▽^;)
バスは定刻より早めに長野到着。
夜遅いので早着するに越したことはないが、バス会社の名誉のために言えば、バスはいらいらするくらいのスピードで、決してオーバースピードでなかったことは書き添えておこう。

翌朝、駅から善光寺へ向かって歩く。
大門でおやきとビールで一服。
Img_2648
大門交差点にたどりつくまではごく普通の都市風景であったが、大門を過ぎると突然に観光地になる。
古い写真館あり、旅館あり、風情たっぷりの歴史を見ることができる。

Img_2667大門過ぎても仲見世、塔頭など見飽きることがないのはさすがというべきか。
お世辞にも広いとはいえないスペースにたつ塔頭たちは、さまざまな屋根様式や彫り物を駆使して存在感を示す。
美しさというよりも、迫力を感じてしまうほど。
写真を示したのはその一例。
獅子がすごい。

巨大な仁王を擁した仁王門に圧倒され、仲見世をすぎ、建設用シートに囲まれた三門に着く。
マイミクさんに聞いていたとおり、修理中であり素通り。
その向こうにはさらに巨大な善光寺本堂がある。
メディアや素人写真では伝わらない巨大な建築物がそこにある。
巨大な木造建築といえば東大寺大仏殿があるが、それに負けない風格ある建物である。
ハトよけのためか、やたらと金網をかぶせてあるのが見苦しい。
ハト、来るなw

大仏殿のなかに入り、内陣券を買う。
これで須弥壇の下に潜れるらしい。
巨大寺院ではそういうシステムがあるということを聞いたことはあるが、一般が潜れるなんてことは初めて聞いて、わくわくする。
どうも暗闇らしい。

2006年5月20日 (土)

5/19の日記

朝からしとしと雨。
こんな雨なら大五郎も骨にならずに済む。

Img_2456 Img_2473
2月以来の宿題となっていたトヨタ博物館へ行きました。
とにかくカメラで遊びたかった。
雨だから屋内→トヨタ博物館 という短絡的な発想です。

Img_2481今回は少し使い方を覚えた絞りを多用して遊びました。
うむぅぅぅ!
絞りを使うと自分が今まで撮りたかったものが撮れる気がする!
ぼかすというのは大変に大きな要素であることに、撮ってたきた写真を見て気付いた。
被写体深度をを深くとればくっきりした画像になる!
今まで撮った写真を人に見せるのが恥ずかしいくらい、いい写真になってた!
とまぁ自己満足なんですけど、初めて、一眼のすごさを知った気がします。
ヘタにもうまくも撮れる。
ますますカメラにはまるわ、こりゃ(^▽^;)

昨日のどに刺さったアジの骨が未だとれん。
うぅ...

5/18の日記

「昼過ぎまで雨が残り、夕方から回復」
が、17日の予報。
朝になったら、「昼前」に変わった。

雨が降ってるうちに青色申告会へ行く途中に柳橋の魚市場に寄ってみる。
三河湾産のアサリ2kgに、小イワシ20匹、アジ5匹。
それにナマの桜えび。
その後に池下まで行った後自宅に戻り、再び仕事に出た。

1時過ぎからパラパラと小雨が降り出す。3時頃には本降りに近い状態になったが、後がつまってるので少々無理して作業する(元請けにはナイショにしてね)。

アサリは酒蒸しに。
小イワシは酢の物に。
アジは塩焼き。
どれもうまかったよ!
イワシが一番うまかったな。
新しいと全然くせのないうまい魚なんだね、イワシ。
うみゃ〜v(=∩_∩=) ブイブイ!!

2006年5月19日 (金)

関東放浪記 (25) 歴博へ行く

JR佐倉駅と京成の佐倉駅に挟まれた地域に歴博があることはわかっている。
まずは駅で徒歩移動が可能か調べてみる。
「徒歩30分」
う〜ん、そんなに歩いていると見学時間が減るぞ。
駅からバスが見えたので、ともかく駅前に出てみるとちゃんと観光案内所がある。
徒歩での移動時間とバスの移動時間などを聞いて移動手段・見学コースを設定する。
バスの本数がわりと多いんで、最も遠い歴博を最優先にする。
時間が許せば武家屋敷や、古い街並などを回る腹づもりではあるが、これは歴博のボリューム次第である。

バスは普通の大型バスなのだが、古い街をゆっくりと走る。
速度は限りなく「歩く」に近い。
歩行者やら、バイクやら、バスの前の平気で横切っていくので運転士も気が気ではなさそうだ。

一方通行を下りついたところが京成佐倉駅。ロータリー内に乗り入れて、数人の乗客を飲み込む。
車内は総勢10名ほど、おそらくすべてが歴博行きの乗客であろう。
このバスは大変便利で、歴博の入り口の真ん前に付けてくれる。
駅からの料金は160円。
細かいのがなかったので久しぶりにバスの両替機を使った(;^_^A アセアセ・・・
があまりに久しぶりなので、投入方法を間違えた。
運転士は困った顔をして、金券で40円分戻してくれた。
「お帰りに使ってください」
帰りは乗るか乗らないかわからんけども、現金で返されるより、地方バスの金券の方が記念になってよい、と少しうれしい。

PowerBookを待つ

iBookに代わってMacBookがでた。
どうでもいいがなんとかならんのかこのダサイネーミング。
まるで国産ノートのようではないか。
マシンはiBookのイメージを残してして悪くないようだ。
これでWindowsが純正で動くようになったら互換機メーカーは恐れおののくことだろう(⌒▽⌒)アハハ!
自社のデザイン力の貧困さを嘆くがいい(爆)
もっとも大半のパソコンユーザーはボタンがたくさんないとご不安なようだから、APPLEのノートというのはお気に召さないかもしれない。

で、わたしには何を買えと?
この先も噂だけをあてにしてPowerBookを待てというのかしらん?

ものには所有すること事態に意義があるものもある。
「いつかはクラウン」というように、軽トラが似合っている田舎オヤヂでもクラウンを欲しがる。
それと同じようにPowerBookユーザーはPowerBookを持つことでまず満足する。
iBookの出現はPowerBookへの所有欲を一層あおり立てた結果になったのは皮肉ともいえるかもしれない。

早く出せよ、PowerBook。

森昌子が歌っている

さすがにブランクを感じる歌唱力だなぁ。
まぁそれは追々修正していけばいい。
歌手として大切なのは言葉を伝える力である。
それが失われたときに歌手は歌手でなくなるといえるかもしれない。
昨今は音楽の幅が広くなり、そうとばかりも言えなくなってきたが、少なくとも森昌子がこれから生きて行こうとする歌の世界では、それが最も必要なことであると思う。
長いブランクにも関わらず、彼女にはそれがあった。
声は出てないし、音程も危うかったりしたが、言葉を語る力は十分に持っていた。
これなら往年の森昌子は戻ってくると確信した。
しかし越冬ツバメは多少反則気味ではあるまいか♪(* ̄ー ̄)v

もう一度、超一流の歌手を目指してがんばってほしいなぁ〜!

小浜

小浜という町はいい町らしい。
小京都でもあるらしい。
ごく近代にまで栄えていたおかげで、日本海側の小都市ながら、さまざまな遺産があるようだし、常高院も小浜だとか。

また食い物もうまいよ!
鯖街道の起点だからして、サバ寿司、へしこ、相当いけてるみたい。
散策の対象にあがるのも、当然の展開です。

ところが、意外と名古屋からは便が悪くて、17時に名古屋を出たとしても4時間ほどかかってしまうところであったのだ。
クルマで行けば2時間そこそこの場所なのに、不遇な土地である。

http://www.wakasa-obama.jp/

へしこ食わせれーヾ(~Q~;))((;~Q~)ノ
へしこ食わせれーヾ(~Q~;))((;~Q~)ノ
へしこ食わせれーヾ(~Q~;))((;~Q~)ノ
へしこ食わせれーヾ(~Q~;))((;~Q~)ノ
へしこ食わせれーヾ(~Q~;))((;~Q~)ノ

2006年5月18日 (木)

関東放浪記 (24) 千葉から佐倉へ

3日目は、千葉から佐倉へ向かう。

佐倉!
なんとマイナーな地方都市!
成東、東金、五井、そんな地名といっしょくたに扱われる佐倉。
そんなところに国立歴史民俗博物館(以下、歴博)がある。
他にふさわしい土地はいくらでもあるというのに、なぜ佐倉なのか大変理解に苦しむところである。
ひょっとしてエラいセンセイを輩出したのか?

ホテルを出て京成千葉駅に目指す。
JR千葉駅からは昨日歩いたし、迷ったせいかずいぶん遠かった印象があるので、京成体験も含めて千葉中央駅から京成千葉まで京成で、そこから総武線列車で佐倉へ向かうことにする。
京成千葉は外房線と京成線高架群の西にあり、南東側からはアプローチしにくい位置にある。
東側には駅の案内がないため、駅の位置をあらかじめ知っていないとわからない。
さらに駅自体も大変地味で、バスの車庫があったりする(^▽^;)
どうも....下町くさい雰囲気だ...

9時52分の京成上野行き普通に乗る。
京成千葉は隣の駅なのに、めいっぱい加速しやがった。
やはり歩くには遠いのかもしれない。
千葉からは銚子行きに乗り、10時34分に佐倉到着。
同席のおやじは日経とビールにスーツ姿。
一体どこへナニしにいくのか行動が読めない! 3日目は、千葉から佐倉へ向かう。

佐倉!
なんとマイナーな地方都市!
成東、東金、五井、そんな地名といっしょくたに扱われる佐倉。
そんなところに国立歴史民俗博物館(以下、歴博)がある。
他にふさわしい土地はいくらでもあるというのに、なぜ佐倉なのか大変理解に苦しむところである。
ひょっとしてエラいセンセイを輩出したのか?

ホテルを出て京成千葉駅に目指す。
JR千葉駅からは昨日歩いたし、迷ったせいかずいぶん遠かった印象があるので、京成体験も含めて千葉中央駅から京成千葉まで京成で、そこから総武線列車で佐倉へ向かうことにする。
京成千葉は外房線と京成線高架群の西にあり、南東側からはアプローチしにくい位置にある。
東側には駅の案内がないため、駅の位置をあらかじめ知っていないとわからない。
さらに駅自体も大変地味で、バスの車庫があったりする(^▽^;)
どうも....下町くさい雰囲気だ...

9時52分の京成上野行き普通に乗る。
京成千葉は隣の駅なのに、めいっぱい加速しやがった。
やはり歩くには遠いのかもしれない。
千葉からは銚子行きに乗り、10時34分に佐倉到着。
同席のおやじは日経とビールにスーツ姿。
一体どこへナニしにいくのか行動が読めない!

ポリフェノール

チョコ効果というチョコを買ってみた。
おとなの食うチョコは砂糖抜きでなくちゃ!
何種類かあるうちの、99%を買った。
ビールを飲みながら食うと...これがすごく合う!
やっぱり自分の味覚に間違いはなかった!
のだが、これが著しく苦い!
口にいれるとチョコレートの香りが鼻に抜ける。
うーん、いい香り。
このあとに通常甘みがあるのだが、その部分は何もなく、次の瞬間に痛烈な苦みが来る。
しかも酸味と渋みを伴っているために、顔をしかめずにいられない。
そこで口にビールを注ぎ込むとあら不思議。
苦みがすーっと消えて行く。
後に残るのは溶けきれなかったわずかな苦みなのだが、これは既に心地よいレベルにまで激減して心地よい。
ビールの風味はというと、軽い黒ビールの後味みたい。
しかし..どろっとしたチョコレートは口に残るのだな。
99%は辛すぎる。
次回はもう少し割合を下げてみよう。

2006年5月16日 (火)

功名が辻 (19) 天魔信長

ほめることと非難することは表裏一体であるとお市は言ったが、それは市の意見にすぎない。市の意見というものは「功名が辻」という山内一豊を主人公とする ドラマの上ではまったく意味をなさない。価値を見いだそうとすれば、脚本家の発言だと思うほかない。それに該当しない発言は宙を彷徨うばかりであって、な んの意味も為さない。
市がそれを口にし、非難側・帰蝶は哀しげな顔で退室してしまった。
信長を慕う心が帰蝶に勝ったと解するべきなのか。
しかしながら舘信長の横顔はうれしさよりもむしろ憂鬱そうな表情を浮かべていた。
光秀は「迷いのない人間こそが上にたつ」と毎度言うが、本当にそうなのか。信長に迷いはないのか。
信長に人間的迷いを見ているのが、だれあろう秀吉ではないのか、という気がしてならない。
ただし市と信長という関係が近親相姦ではなく、憧れのようなものに見えるのは、信長の神をも恐れぬ所行に起因する一種神格化する部分が自分の中にないともいえない。
わかりやすくいえば、「信長の芝居と、市と帰蝶の表現が一致していない」ということである。

「メダカが死んどるよ!」

観賞魚店へエサを買いに行った時のこと。
15000円にも及ぶ半年分のエサを買ったあと、メダカを買った。
100匹のメダカをが入った袋をじっとみつめていた姪、
「おじちゃん、1匹死んどるよ」

店員はあわてて、「あ、死んでますか?!」
エサメダカなんてものはまとめ買いするから動きの悪い個体などチェックしていられないので、当然死体も入る訳だ。
そんなのは暗黙の了解みたいなものなので、こちらは一向気にしない。が、店員としてはそういうわけにも行かず、気の毒なくらい動揺してる。
「あ、いいよいいよ、少しばかしは」というとやっと落ち着きを取り戻し、「ここのところ正直いい個体が入ってこなくて...」と世間話に逃げる。
姪もその雰囲気のまずさに気付いたのか、
「あっ動いた!」

たぶんこれからの娘っ子時代はこういう指摘精神は影を潜めるんだろうが、40年もたつとまたぞろ.....(笑)

関東放浪記 (23) 千葉へ

八幡様を降りて駅にゆく。
鎌倉駅で立ち食いうどんを軽くいっぱい食うと、店員が店長にぼやいている。
客に丸聞こえですが(^▽^;)

鎌倉から15時12分発成田空港行きに乗る。
時刻表によれば「快速エアポート成田」と名乗っている。
そんな風情はみじんもなく、鎌倉観光帰りの乗客で混み合っている。
長駆千葉まで約1時間半。
950円のグリーン料金はお得だと思う。
普通車の喧噪から解放されるなら。

Dvc0000916時46分、千葉に到着。
駅に着いて早速目についたのが、「ナマビール おにぎり」の文字。
夕飯にはちと早いけど、朝昼ほぼ抜きに近いから、晩酌を兼ねて夕食にする。
店を出るとあたりは完全に夜。
Img_9976酔った頭でうろ覚えのホテルを求め千葉市内をうろつく。
確か千葉中央のほうだったがなーと口の中でつぶやきつつ、モノレールの下をくぐったりどこをどう歩いたか把握できてないが、無事ホテルに到着。
大浴場付き、朝食付き(ネット予約限定)で6000円は非常に安い!
ルートインはこれで3回目だけど、大きい風呂はやはり気持ちがいいね。

2006年5月14日 (日)

間に合ったのに遅れた...

司馬遼太郎は「街道をゆく」で新潟市近郊の亀田を訪ねている。(現状、大半は新潟市に編入されたようだ)
亀田というのは信濃川・阿賀野川により形作られた水郷地区であって、司馬氏は昭和50年前後に訪ねている。
さすがに江戸時代の雰囲気は失われていたようだが、大正時代の農民運動の面影はまだあったようだ。当時の人もまだまだ健在で、実際に取材されている。
「人として認めてほしい」という、まるで大正デモクラシーが地方に飛び火したような話でもあるが、実際には明治維新以来の民主化によって民度が上がってきたものかと思う。

その稿を読んで、実際に亀田が見たくなった。
イネと言うのは本来抽水植物だから、植物体の大半が水没していても生育する植物ではある。
いくら水郷地区とはいえ「肩甲骨まで使って農作業...」は言い過ぎじゃないかと。
それがため、尾張では堀田というシステムを開発している。
「水棲動物になる覚悟で」と、亀田に生きる農家を表現した司馬遼太郎。
彼が見た当時の風景を「ビジュアル街道をゆく」の中で見た。
百姓は本当に腰以下が水没している。
司馬遼太郎は確かに見た。
司馬遼太郎の視点は鋭い。
著作を読んでから、この地域が治水に悩まされていることを思い出した。明治初期の県令・前原一誠はこの地区を救うために尽力した一人である。
いまさらにして思い出すとは、相変わらず巡りが悪いな>自分

たかだか昭和50年頃の話である。
まだ前時代的な風習も、風俗も、社会形態も残っていたその時代、自分はそれらを見ずになにをしていたのだろう。
ちなみに新潟(新津)を初めて訪れたのは昭和55年らしい。
堀田にしろ、超近代に移る以前の日本をもっとよく見ておくべきだったと今になって大変後悔しています。
せっかくそういうものがみられる時代に生まれたのに。。。
口惜しいやら情けないやら。

2006年5月13日 (土)

爆笑問題・太田は語る

顔を真っ赤にして語ってたよ。
おっ!
鏡を見てるかと思った!(笑)
ありゃまさしく自分の姿だ。
でもここは居酒屋じゃないよ、テレビだ。
やつもどうやら仲間らしい。

家人は言う。
「家庭経営を考えたり、人はそれぞれの環境で育つ」のだと。
否定しないどころか、まさしくその通りだ、と家人に言う。

町内会だの、いまの世の中は複雑である。
一人として同じ価値観を持つ人間など存在しないと断言してもいいと思われる。
じゃあ、そういう家庭人は、子供が手を離れたとき何をするのだ?
子育てが済んだら、次は一回り大きな世界に自分の考えを広げていくべきじゃないのだろうか。
形としては人それぞれいろいろ存在すると思う。
政治であったり、福祉であったり。
なんであれ、自分の持つ力を外に向けて放出すべきではないか。

家庭を持たない者は理想に走るかもしれないが、理想を持つ余裕のないものに余裕を語るのは余裕を得る一端になることはないのだろうか。
人とはそれぞれが独自の価値観で生きている。
その価値観を持ち寄ることこそが最も大切な一つではないのか、と思う。

太田は政治家を目指してるかもしれない。
少なくとも、今日の番組に同席していた「日本をここまでにしたのは...」発言のあの議員よりは、ましな思想・より高度な理想を持った一個の人間として支持したいとも思った。

関東放浪記 (22) 鎌倉八幡宮に思ふ

Img_9967この石段、とにかく目のやり場に困る。
さして上まで見上げなくとも、ミニスカートなら中が見えてしまうから。
城でもそういう頭の足らないやつが時にいるので、こちらが気を使ってしまうのだ。
老若男女関係なく撮ってたから、「ミニスカートなんかで来るヤツが非常識なのだ」とい暗黙の了解ができているようですな。
大変に好ましい環境である。

その高くて急な階段を登り終えて社殿を見上げる。
きっと丹塗りなんだろう。
作りそのものは別にして、従来持っていた鶴岡八幡宮のイメージと一致しすぎていて驚いた。
そもそも武家の守社ってのは、戦国以降の物を見る機会が圧倒的に多くて、この手の赤い神社はあまり知らない。
豊国神社にしろ東照宮にしろ書院造りの影響が色濃く出ていて、それに対しての鶴岡八幡宮の印象であるから、実物も同じ印象を受けたのかもしれない。
豪華な作りではあるが、平安時代末期の貴族趣味が感じられる。
厳島神社などと同様な印象と言えば理解されやすいだろうか。

わきには宝物殿がある。
国宝所蔵品も多い宝物殿、今回はパスした。
だってもうふてくされてるもん。
石段で実朝の影を感じられなかった時点で失格。
たぶんこの中に頼朝像があるのだろう。秀吉が肩を叩いたあの木像だ。
それも見たかったけれど、なにより実朝の直筆が見たかったな。
しかしまぁこれだけ見事に何も見てなければ、「鎌倉には来ていない」と自分を納得させられるってもんだ。
再訪決定、鎌倉!

ジャブ3発

じんましんながら今朝はそれほど調子悪くなかったのに、仕事をしているうちにだんだんと疲れてきた。
疲れてくると余計なことを考えだすもので、最近身辺に起った事ごとを思い直してみる。
そのひとつひとつがすべて自分に関係のないことなのに、なぜかどーんどーんと胸に響いてくるのだな。
いくつか裏切りともとれる部分を若干含んでもいるが、頭の中では
そのことすべて理解できているつもり。
特にこだわっているわけでもない。
理解できている証拠に全然気分は落ち込んでない。
欝っぽくもないし、別にどうしたいとなどとも思わない。

なのに気分が悪い。
不思議だ...

2006年5月12日 (金)

ゴジラVSガメラ 2

先頃「小さき勇者たち〜ガメラ」が公開されて、話題になっているはずですが、劇場は意外と空いているようです。
子供に見せるには悪くない作品ですがねぇ、怪獣映画全盛期に生まれた子供の妄想でしょうか(^▽^;)

それにしてもやはり物足りない。
大人が見るにはやはり金子ガメラでありすぎました。
暗く陰湿で将来に希望が持てなくなる様な脚本。
それがガメラ。
なぜか子供がスキ、というノーテンキぶりはウルトラマンにも相通じるものがあります。

でも特撮王はやはりゴジラなんだなぁ。
そう、ゴジラなのよ。
陽気でバカで何も考えていないのがゴジラのキャラクター。
でも放射能におかされ続けているという暗い過去を持っている。
それに加えて、ゴジラの強さは理屈じゃないという開き直りが、通ってしまうところもやはりゴジラの偉大さでしょう。

ガメラファンというのはゴジラを比較にあげるのだが、まったく意味がない。
映画のできを云々するならばゴジラじゃなくてもいい。
つまりガメラファンにとっても「ゴジラはガメラ以下」ということを言いたいほどに巨大な壁として存在しているわけだ。
いいとしをした大人が「平成ゴジラでさえガメラをこえていない」という表現には恥ずかしさを覚えてしまう。
ガメラ2がよければそれでいいじゃん。
ゴジラは戦略シミュレーションをやろうってんじゃないんだよ。
おやくそくごとをすべて取り払った怪獣映画なんて全然おもしろくない。

もう少しおとなになれよw

2006年5月10日 (水)

関東放浪記 (21) しずやしず...

あまりのスローペースに耐えきれず、段葛に出る。
これは鶴岡八幡宮に向かう参道であるが、時折しも桜の季節。
「さくらまつり」ののぼりがみえる。
小町通りよりも遥かに人が少ないが、マナーが悪い。
3mほどしかない道幅なのに、平気で道一杯に広がる。
大きな声で話しながら立ち止まる。
自分たちが「人の波」の一部だと気付いていない。
しかし押しのけてでも前に出られるだけ、小町通よりはマシである。
帰りたくなる気持ちを懸命に押さえつつ、段葛を歩く。

開き直っておばちゃんペースに従うと正面の大きな工事用シートの固まりがある。
あれは静が「静や、静」とやった舞台ではないかい!
工事中なんかいなー!
うげっ!!!
富山港線以来だ....ざせつざせつ(^▽^;)
空腹と疲れも手伝って一気に気分が沈む。
いつもなら大石段を上がる右大臣実朝と、それをイチョウの影から狙う公暁の姿を彷彿とするのに、そうした想像力も沸いてこない。
思わず「ここは右府様が殺された場所ですか?」とMixi日記に書いてみる。(実は自信がなかったのだが)

南大津通をちょびっと歩いた

仕事を終えて、野暮用のついでに、金山から上前津までプチハイキング。地下鉄なら2区間。別に運賃をケチってるわけじゃないったらw
Dvc00005
金山から南大津通を北へ向かう。
東別院てのは東本願寺名古屋別院のことで、名古屋市民には「おひがしさん」と呼ばれ親しまれているという。名古屋市民歴35年の自分は一度も聞いたことがないが(笑)
別院+名古屋テレビ+下茶屋公園がほぼ織田信秀時代の本城であった古渡城跡です。
今やなんの跡もありませぬ。(写真左)

東別院の交差点から数百メートルも行くと「ドイツ紅茶」の文字が見えました。
ドイツ紅茶?
ドイツのこうちゃ?
どいつの紅茶だ!バキッ( -_-)=○#)>o<)アウ!
いったんは通過したものの、こういう出会いこそが散策の醍醐味。金もないくせに戻りました。
要するに、ドイツで作られた紅茶をドイツ紅茶と読んでいるそうで、ドイツでとれた茶葉ではないらしい。まああたりまえといえば当たり前なんだけど、あまりにも予想が的中して、ちとがっくり。
でも「昔ながらの製法」と聞いては買わないわけにはいきますまい。
時節柄ダージリンはTバッグのみであったが、それを購入した。
喫茶店の紅茶と比べてはいかんというのはわかるが、350円もとるならこのくらいのお茶は出せ!というくらいの味。
しっとりした感じでイヤミがない分、特徴がない。
これだよ!と言えるものがない。
値段を思うとなw
ちなみにこの店はロンネフェルトっていう店の代理店らしい。
アールグレーを徹底して勧められた^^;
極めるとアールグレーになるのかなぁ。
アールグレーってお茶というより、日本で言う缶コーヒー、インスタントコーヒー的(質ではないよ」存在に感じてならない。
それが「飲まない」こととは関係はないのですけど。
Dvc00004
そこからもうちょっと歩いたらゴシック調(ホントか?)の二階建ての建物発見!(写真右)
「これだから町歩きは楽しいのよ!」とつぶやきつつ、中央分離帯から写真を撮る。
ううぅむ、しぶいぞ!
貴金属店のように見えたが、この建物の演出はティファニーのような老舗にみえる。
コンクリートとアスファルトばかりで構成された名古屋では、こうした建物による演出は目に優しいと思う。

最後に記念橋にも寄って見た。
これは上前津交差点から鶴舞公園へ向かう途中にある。
ながらくこの名前について考えていた。
皮肉にも市電の写真集を見ていたときに答えを見いだしました。
昭和3年に鶴舞公園を主たる会場として開催された「名古屋勧業博覧会」に対しての記念橋なのではないかと!
いや、おそらく間違いない!
そう気付くと、たんなるランドマークから名古屋の歴史証人として見る目が変わってくるのであります。

神道

東海ラジオで中日と日ハムの中継やってました。
どっちかしらんが、さよなら勝ちしたらしい。
アナウンサー曰く、

「これだけ拙攻を続ければ野球の神様も怒ります」

だと。
アホらしくて電源切った。
何が野球の神様だよ(o^ O^)シ彡☆バンバン

2006年5月 8日 (月)

功名が辻 (18) 秀吉謀反

秀吉というのは「さりとては者」だなぁ。
物狂いしているようなドラマの中の信長に対して命令違反するなぞ、だれひとりとして思いつくまい。しかもどんちゃん騒ぎをして疑いをそらそうとする知恵と、実行できる胆力。これは不世出の天才というほかない。
いくら戦国武者とはいえ、戦場と言う異常心理をあおる場所でこそ命を惜しまず働けるもので、一個の人間として静かであれば、とても宴会をすべき心理など持てるはずもない。

さて、裏の主人公は松永久秀である。
戦国西岡三人衆と勝手に名付けているのが、帰蝶父であり信長の義父でもある斎藤道三、後北條氏の祖、北條早雲、そしてこの松永久秀。
信貴山で天守と平蜘蛛ごと自爆したというのは有名な話であるが、たいていの場合は大変おざなりな表現で終わってしまう松永を、一豊の(調略家としての)無能さを示すために利用した。

大した役でもないのに力入ってんなーと思ったらキャリアの長い品川徹さんじゃありませんか。
NHK、役者おごってんなー。
「信長はそのような男ではないわ」
しびれました。
金ヶ崎の退き陣の際、京へと逃れる信長に朽木谷を勧め、朽木元綱を仲介したのが松永久秀とされる。
将軍義輝を殺し、主君である三好氏を京から追い落とした男も時代の寵児織田信長の前には抗すべくもなく敗れ去ったというベキだが、彼の面白さは信長が欲した茶釜と吹っ飛んだということにある。彼は茶の湯を嗜む教養人であったとするが、平蜘蛛といっしょは死んだということは、教養人というほどではなかったようにも思える。
真の教養人であれば、信長に対するつらあてよりも、後世に平蜘蛛を残したはず。逆に言えば、自分より強い敵を見つけたということにもなるのだろうか。「こいつにはかなわない」と。

それにしてもやはりダメな一豊くんね。
「順序が逆じゃ!」
素人でもわかる降伏手順を理解できない武将というのも、あまりにひどい描き方だと思われるが、大半にはそこまでわかりやすくしないと、山内一豊が戦国武将不適格だということがわからない故だろうか。

武田鉄矢の熱のこもった演説が聴けました。
彼の生き様も込められていて、いかに自分が甘いかを一豊くんも思い知ったことでしょう。つばはみえなかったけど、戦国の中で苦しみつつ生き抜いた五藤吉兵衛の人生が垣間見えました。
でも「ご無礼つかまつった」あとはがっくりと肩を落とし、疲れた様子。彼にも引退の時期が迫っているのでしょうか。

黒田官兵衛もできましたね。
秀吉の天下取りももう間もなくです。

代議士の意味

やしまたかじんの番組で、よくテレビで目にする国会議員が出てました。

「この国をここまでにしたのはだれですか?」

というか、君はこの国の現状がすばらしいと思っているなら、なぜ代議士なんぞをやっている?
少しでもよくしようと代議士になったのではないのか。
「こんな世界にしてしまったのは自民党の責任である」
と言えないところに彼らのウソが存在するんだな。

でもそれが悪いというわけでない。
力を利用できるならそれで構わないと思うけれども、誘導尋問のような答えはやめたまえ。
この国の国民の政治意識は幼稚園児程度しかないということを知っていながらのその発言は、「悪」である。

それに.....この国が良い国ですかね。
衣食足りて礼節を知るという言葉が古来あるが、今は死に絶えた。
現状に満足しているなら国会議員なんぞ辞職しなさい。
数合わせの議員など百害あって一利無し。

2006年5月 7日 (日)

関東放浪記 (20) 鎌倉入り

御成商店街は、由比ヶ浜通りから江ノ電鎌倉までの数百メートルを、鉄道に沿って開いた商店街である。
今時の商店街と従来のイメージが重なっていて、ミスマッチ。
古くからの商店街のイメージがほのぼのさを演出する。
でも通行人の流れを見ていると、観光客よりも地元の人の方が多いようで、足早に去っていく人も少なくない。
地元密着の精神が今でも息づいている証明として、通りに残る銭湯の閉店が挙げられる。
「滝之湯さんは3/31をもって.....お別れ会を...」
銭湯がまだ地元のふれあいの場として機能していたようだ。
3/31とは、一日違い。
明日ここに来られる可能性を探ったが、国立歴史民俗博物館を質にする訳にもいかず、後ろ髪引かれて去る。
鎌倉と言うのは著名な観光地でありながら、庶民が息づいている。
江ノ島の段で書いた、「住民と観光客」の関係がここではなじんでいると考えていいのではないか。
観光地の真ん中で安心する空間である。
駅はそこからすぐ。

江ノ電鎌倉駅を通り過ぎ、ガードをくぐって小町通を出る。
うわっ!
なんだこの人ごみは!
まるで満員電車のようで、前の人をかわす空間すらない。
商店の冷やかしとゆっくり歩く人たちの狭間で、鶴岡八幡宮へ急ぎたい自分は、すくんでしまう。
そういう人ごみを押しのけてトラックが進入するには、あきれ果てる。
子供は喜んでトラックにぺたぺたさわるし、近づいても気付かない老人やおばさん(限定だ)、危険この上ない。
ましてやこの人ごみ、未必の故意として傷害罪を摘要したいくらいの横暴さである。

伊豆というところ

Img_2058

伊豆半島に踏み込むのは二度目。
しかも西伊豆は初めて。

1.地理的考察
西伊豆は山。
小さな谷がいくつも海に面して連続して行く。
その谷ごとに町を形成し、観光地化している。
松崎町町民の森とやらに登ると松崎町の市街地が眼下に見えます。
国道が山を切り裂いて堂ヶ島に通じているのが確認できます。
現代において近代的道路が造られて、松崎町と堂ヶ島はつながっていますが、それ以前は隔絶した集落だった。距離が近いとはいえ険しい山道を行き来するのは大変なこと。自然、集落の独自性が起こる。
それが単独の「観光地」として名残をとどめていると思いました。
松崎と堂ヶ島など、至近距離であるのに、それぞれが西伊豆の観光地です。道路を走るだけではわからない地理の楽しさというべきものでしょう。
おそらく海から見ると町と町の間に山を挟んだ姿がみられるのではないでしょうか。

2.なまこ壁
松崎町はなまこ壁の町として売り出しているが、きれい過ぎてどうも信用できなかった。なまこ壁が現実に松崎町で多用されたかどうか、という点です。
観光協会のパンフレットに記載されているなまこ壁は美しい。
白いしっくいに、黒い瓦。
「これは観光用だろ?」と。

でも本通からかなり入って散策していた時に見つけました。
廃屋の様ななまこ壁の家。
火除けには獅子と竹のこて絵が飾られている。
いつの時代の建物か、何の建物か、さっぱりわからないけれども、観光用ではないなまこ壁建造物を見て、本物を見た気がしました。

添付写真について
下に広がる集落が松崎町。
山を切った道路で山を越えた集落が堂ヶ島。

ネタバレ!「小さき勇者たち〜ガメラ」

こりゃあダメダメの脚本ですな。
オリジナリティがどこにあるのかわからない。
ガメラの同質性とはなんだと考えているのか。
例えば、鳴き声を踏襲しないのに、まがたまに似た性質のものを持出したり、「人間の味方」だったりする。さらにいうなら、このガメラは金子ガメラに登場するイリスとまったく同じ。
イリスはゆがんだ心を持った少女によって邪悪な精神を得て成長したが、それになぞらえたか、ガメラには少年の愛情で成長する。愛情と、邪悪さの違いはそのまま「正義の味方」という形容に直結していくが、そういう古くさい設定が今時持ち込まれるとは思いも寄らなんだ。
そしてこのパクリ具合、よく伊藤和典氏が抗議しになかったものだと、驚くわな。

ジーダスという敵怪獣に対してまったく説明がないのも解せない。
突然現れるんだもの。しかもその造型ときたらまったくゴジラそのもので呆れてしまう。
オリジナリティがどこにあるのかさっぱりわからない。
まったくベタベタの話ながら、ガメラと心を通い合わせる少年は好演しているし、怪獣の設定以外をのぞくドラマ部門、特撮はなかなか善戦しているが、いかんせん、もうひとつの軸となる怪獣の存在があやふやで、話がうまくつながっていかない。

個人的にダメダメなのは、ガメラでしょう。
これはもう救いがたい。
どうしようない。
ガメラは赤い玉を欲したらしいが、その玉によってガメラはどういう能力を得たのか。タワーズから転落したジーダスは平気だったが、ガメラは回転ジェットで浮上しなければ死んでいたのか?
ちっこい亀時代にも火を吐いたが、プラズマ火球は赤い球による能力なのか?
少年が命をかけてまで届けなければならなかった玉なのか。

巨大なぬいぐるみ(ガメラ)なんかいらんからジーダスだけ見せてくれりゃいいよ。

2006年5月 4日 (木)

関東放浪記 (19) 由比ヶ浜通り

由比ヶ浜通りこそ、湘南徒歩の旅にふさわしい(泣)
海岸通はリゾート風、由比ヶ浜は別荘地、由比ヶ浜通りはちょっと気取った生活がある街。
Img_9960普通のスーパーやら電気工事店、まったく普通の通りですが、タイル張りだったり、だれぞを処刑した旧跡地があったり、ただではすまさないぞって感じ。
古い通りと見えて、木造建造物が多く見られます。
なかでも目を引いたのは、新聞店建物と銀行らしき建物のふたつ。
前者はまるで城の櫓を持ってきて、そのまま地面にドンと置いた感じ。
入母屋破風に懸魚付きなんて一般住居建築とは思えない豪華なつくりであるからして。
どうみても個人邸なのに思わずシャッターを切ってしまった。
中では従業員の方々が熱心に作業中。
だれかに何を聞くという雰囲気でもなく新聞店をあとにする。
Img_9961続いて、銀行風店舗。
調べてみると旧鎌倉銀行社屋で、昭和初期の建築らしい。
ただし銀行とするにはあまりに建物の規模自体が小さくて、玄関の「バー」の文字に、復古調で建てられた新築の建物か知らん?などと疑ってしまっ た。事実、現在はバーとして機能しているらしく、内部に入れるのはありがたいし、人が使うことで保存されていくことだろう。むろん日中は営業しておらず、 写真だけを撮りまくる。相当オリジナルに近い印象を受け、心持ちがよくなった^^

江ノ電の踏切を渡ろうとして、左にある旧道っぽい道を見つけた。
御成商店街というアーチに誘われて、入り口は寂しげな様子にも関わらず、そちらへ踏み込んでみる。

「御成」って根拠はなんだろう。
偉い人が通った証しには違いないが、鎌倉である以上それは将軍家かな。
それに類する人々の総称か。
もしくは、義経が腰越から鎌倉に入ろうとしたように、西からの貴人がこの道を使ったのか。
鎌倉の歴史に詳しい人ならもっといろいろな考えが浮かぶのだろうがここらが限界である

2006年5月 2日 (火)

親鸞

近頃死ぬことがさしてコワイことだとは思わなくなってきた。
死そのものよりも、いたるまでの苦しみ自体がコワイだけなんじゃないか。実は裸の人間てみなそういうものなんじゃないか。
人たるもの、いつかは必ず死ぬ。
徳川家康の息子として生まれ、好色一代男を読んだとしても、彼が明治維新を見ることは絶対にあり得ない。
死は勝者にも敗者にもまんべんなく訪れる、至って公平なものである。

それを恐れるのは無意味である。

人生には喜怒哀楽がある。
なんのために喜怒哀楽があるのか。
人によって量の配分は違うが、苦・哀を克服して喜・楽を得なければならない理由はなにか。死んでしまえば、喜・楽が得られない代わりに、苦・哀からは解放される。
肉体的な死の代わりに、出家という生きながらにして死ぬ方法を人間は編み出したにも関わらず、現代という生ものはその方法すら限りなく生を投入し、現生に近づけようとしている。
なぜそれほどまでに生に執着するのだろう。
生き続けようとするタマシイを自ら絶つというのもいかがなものかと思うが、そうしたい気持ちも理解できないではない。

近頃異常に親鸞に惹かれます。
別に仏教に帰依したいというのでない。
個人的には浄土真宗と親鸞とは別物だと感じていて、親鸞の宗教性ではなく彼の宗教観が愛おしい。

2006年5月 1日 (月)

オイル交換

9ヶ月/4000kmぶり。
オイルフィルターはSARDにしてみた。
新しいオイルはやっぱり気持ちよくて、するすると回る。
今回、エンジンオイルのにじみが出てました。
駐車場にはオイルの跡はなく、エンジンないに負荷がかかったときに漏れたのかもしれないと推察する。もっともほとんど乗っていないことが原因でしょう。しょっちゅう乗らないからガスケットが硬化してしまう...
毎日乗らなくちゃね。

タイヤローテーションもオプション作業として実施。
ほぼ欠かさず手入れはしててもやはりゴムそのものの劣化は防げない。新品の時のあの柔らかいゴムの感覚は既に失われている。
そのためにロードノイズが大きくなるのかな。
摩耗そのものは大したことがなく、まだ五分山かな。
ついでにフロントブレーキの様子もみといた。
パッドのバリをとってペーパーをかけ、グリスを打ち直してブレーキ全体をクリーナーで掃除した。あー気分かええのぅ。
パッドはエンドレスSSSだけども、2年/2万kmでもまだ1cm以上の厚みがある。
見た感じ、オーバーホールしていない右キャリパーはくたびれている感じ。やはりこれは必要な作業です。

さぁ、これで快適ドライブだっw

関東放浪記 (18) 由比ケ浜地内をゆく

その住宅街を歩く。
やはり雰囲気は別荘地なんだなぁ。
静かでしゃれた洋風の家が多く、新建材を多用した住宅はあまり目につかない。
こういうのが、「街のあり方」というものだと思うが、観光の対象にはなりにくく、あくまでも住民の町づくり意識の表れだと思われる。
やはり金持ちが多いんでしょうな。
ここは正直に僻んでおこう。

かいひん荘。
別荘地だからなんとなく街になじんでいるんだけども、旅館にふさわしいとは感じられない雰囲気。
窓が丸い建物が、宿泊施設として利用できるのだろうか。だとしたら一般に公開しているといえないこともないが、いかんせん貧乏人が止まれ泊まれないような値段である。ここはいっちょ旅館の宣伝塔として利用してほしいものだ。
旅館営業しているので写真こそ撮らなかったが、古きロマンを感じさせる建物を含んでいる。
内部が公開されている様子はまったくなく、外から眺めてためいきをつく。
富士製紙の村田某の邸宅だったようだ。
宿泊客の車も玄関先に止められていて、写真を撮る雰囲気ではなかったのだ。

左へ折れると由比ケ浜。
無人駅なので、トイレを借りる。
別に無人じゃなくてもトイレは借りられましたけどね。
のりおり君持ってるし!
そういえばのりおり君は210円しか使ってないじゃん。
このまま鎌倉まで歩いたら損損損!
でも歩くんだ。
いまさらあとには引けぬ。

功名が辻 (17) 新しきいのち

副田くんやるねぇ!
いくら頼まれてもらったからって、殿様の妹をいきなり「あさひ!わしがそちにそれを言うべきであった」とは!
大物やねえ!
あさひの泣き言が意外と人間的な部分にまで入り込んでいて、脚本家の人間観察力をみたのに、その数秒後に「そち!」とやられては、なんだかねぇ、ちょっとちゃらんぽらんですね。
歴史上の人物を身近にしようという努力は伺えますが、どうも詰めが甘いっすな。

久しぶりにセリフがいっぱい、舘信長。
自分の女房を「帰蝶」と名前で呼ばずに「濃」という故郷の名を冠した別名で呼ぶとは、彼がよほど帰蝶を気に入ってる様子ではある。
帰蝶は、信長が岐阜に入ってから歴史の表舞台から姿を消す。
数年前大きな供養塔が見つかったとて、それが帰蝶のものではないかという仮説が立てられたが、あれはどうなったのだろう。
今回帰蝶の口から、「織田家にとって必要のなくなった女」と言わせたのは大変好感を持ちました。
帰蝶の存在をうやむやにしたくないのでしょう。
その「戦略的に価値のない女」を相変わらず側におき、「濃!」と呼び習わす織田信長がとってもかわいらしいと思いませんか?
その精神こそが、司馬遼太郎が織田信長に持つ印象だとぼくは考えているのですが。

その帰蝶がよくないな。
あんなに絶望的な女に仕立て上げなくてもいいんじゃないでしょうかねぇ。かわいらしい信長に対して直諫する帰蝶なんて絵にならんのですよ。帰蝶もかわいらしいとこをみせてなんぼじゃないのかなぁ。

さて、六平太よ。
先を見通すような目を持つところは、神の目としての現代人の代理か。NHK大河はこの手のキャラを持出すのが本当に好きだねぇ。
彼の場合、忍びもどきなのだが、「神の目」と「千代への純愛」のふたつを以てドラマに登場している。
それを危うくみせているのは、香川照之が持つ個性。
「利家とまつ」でも発揮されたこの怪しさが、この役に不可欠である。
今回、秀吉が軍紀違反を犯して、「秀吉もおしまいだ」というのだが、「はずれとるがやー」とほくそ笑む自分がいる(笑)
そういう使命も担っているのだな、六平太。

それにしても柄本明の秀吉はきたないなあ!

津島・天王川公園の藤 5/1版

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真ん中が藤棚の様子です。 まだ30cm以上は垂れるんじゃないでしょうか。
右が満開の株。
全体の15%ほどがこの状態です。

ちなみに左は天王川近辺の秋葉さんで撮りました。
十分にきれいでした。

中日新聞尾張版には今週末が見頃とありましたが、満開はそれ以降、来週明けくらいじゃないかしら。

藤は手入れが大変みたいですね。
花は少ないけれど、甘くいい香りが漂っていました。
天王川公園内に駐車場があるけれど、今年は500円必要です。
日によっては那須の猿回しも来るみたいです。
要は「藤がなくても楽しめる」ちゅうこってすな(笑)
名鉄津島駅からゆっくり歩いても15分程度なので、歩きの方が安気じゃないかなぁ。
経路におもちゃ屋などはないので、お子様連れでも安心です(爆)

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