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2006年4月13日 (木)

酔っぱらいのたわごと

連日、すさまじくテレビがつまらない。
目をあてるのも惜しい内容ばかりで、ひとり、ビールを食らいながら「ビジュアル・街道をゆく」を読んでいた。
普段は原作を読んで、とても行けぬであろう場所の写真などを見て原作に色づけをするに過ぎなかったのだが、あながち原作からの引用ばかりでないことに気付き、そうでない部分ばかり読んだ。
現地の写真に加えて、その道のプロのコメントであったり、同業者の感想であったり。
「街道をゆく」という作品に対して、それぞれの想いを読めるのはかなり楽しい物でした。

さて。
「肥薩のみち」の引用部分、
「この一種神聖感を帯びた独特の寛容性と....」>
「一種神聖感」という言葉は「一種」という広いくくりで以て「神聖感」という一部ではこうるさく反応されそうな言葉を包み込んでいる。コレは一般的表現であると思うが、「独特の寛容性」となると出てくる物ではないと思った。
「独特の」は著者の主観である。
この場合西郷隆盛についての記事であるが、「独特の」を具体的に述べるとすれば、本一冊書けるほどのものを含んでいる。それを「独特の」という単語にのせて、「おれの読者なら、これで理解せよ」と言わんばかりw
そのあとに「寛容性」と来るから、これまたすごいってもんだ。
あぁ、わがままなんだな(違!)

この一行で、司馬遼太郎の大きさを感じてしまったというはなしでした。

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