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2006年4月

2006年4月30日 (日)

屋上の達人 (2) 名古屋市千種区赤坂町

125832704_235
地名の由来は「赤い坂が存在したこと」で間違いないでしょう。
赤い坂というのは説明するまでもなく粘土質の赤土のことで、それがむき出しになった坂がこの地にあったということです。

由来となった赤い坂は後世、茶屋が坂と呼ばれている坂の別名でありましょう。断定はしかねますが、茶屋が坂という固有地名に対して赤坂というの は、あたり一体の坂の一般名詞と言えます。茶屋が坂という名前が付くより以前から、赤坂と呼ばれていたかもしれません。もっとも存在する千種区の千種とい う言葉自体赤い土か、陶器に適した土を産する土地を示す言葉であるとうっすら記憶しているので、千種区赤坂町というのはダブった表現と言えます。
千種のもうひとつの語源、陶器に適した土についてですが、ここから東へ少し坂を上がったあたりに揚羽町という地域があります。戦後間もなくに発掘調査が行われて、陶器を生産していたことが確認されています。となるといよいよ千種区赤坂はしつこい表現でありますな。

戦国期、どうなっていたのかは不明です。
鍋屋上野という地名から、鉄に関した産業があったのかと思われますが、あったとしてもいつの時代のことかは知れないし、推測の域を出ません。
ただし現在出来町通りと呼ばれている谷に平行して西へ進むと、下方左近の屋敷地がありました。下方城といいます。下方左近は織田信長の近臣で、威 勢があったようですが、本能寺にて信長とともに討ち死にしています。そういう土地は近いし、秀吉の朝鮮侵略の際日本に連れてこられた張振甫が住んでいたの もその近くです。
あたりにはそういった歴史があります。

Dvc00020

赤坂町交差点西北角に上野天満宮別宮があります。
この土地には浅間神社と近隣から移動してきた神社もいっしょに祀られているらしい。
Dvc00017子供の頃、「この浅間神社は小さいけれど格が高くて、ちゃんと宮司(禰宜?)が常駐してる」と教えられたものですが、実際には上野天満宮の別宮しかないのです。
浅間神社は石碑だけ。
近くに富士見台小学校(母校です)があり、「昔はここから富士山が見えた」という由緒は聞いておるので、その縁で、浅間神社かぜ鎮座していると思われるのですが、何もない(^▽^;)
移ってきた市之御前社も由緒を記した石碑しかない。
一体本体はどこにあるのだろう?
Dvc00016
そんなものを探しながら敷地内をうろついていたら、万博の記念碑を見つけました。
当時はこんなものがあることは全然知らんかったなぁ。
昭和45年頃はまだまだここも人の尊崇を受けていたのだなぁ。

小さき勇者たち〜ガメラ

夕べ甥から電話あり。

「ガメラ見に行くの?」
「おぅ」
「いつ行くの」
「まだわからんけど」
「良太も行くわ」
「ふーん」
「わかった?」
「うん」
「じゃあね」
「うん」

二番目の甥も行くらしいので大人ふたり、子供ひとりの料金になる。
近所のシネコンだと火曜日が会員割引で1300円。
土曜のレイトショーなら1200円。
意外と安い。
ポイントもたまるわな。

けど子供たちを連れて行くとその他の出費がかかりますねぇ。
自分ひとりでは、外でお茶のPETボトル1本買うだけ。
せいぜいバンフレットに500円程度のグッズを買うくらい。
彼らを連れて行くとそれぞれに負担がかかる。
うーん、頭いたい(^▽^;)

きっとオヤジ(わしの弟)に言うたんだろう。
「ガメラ行こ」
「そんなもん見るか、おじちゃんに言え、おじちゃんに」
そんな会話の結果だろうな。
見え見えだw

いよいよ今日から公開、ガメラ第3シリーズ。
楽しみでもあり、心配でもあり。

早くゴジラ戻ってこんかな。
ガメラで喜ぶなんてさみしいなぁ...

2006年4月29日 (土)

関東放浪記 (17) 長谷

Img_9957

長谷駅ではテレビのロケをやっていた。
知らない関西のゲイニンらしき若者二人がテレビカメラに向かって声高にしゃべっていた。

ここでもタッチの差で電車に乗り損ねた。
あえてテレビロケ隊のせいにはしますまい。
どうてもいいや、という気持ちが相当強くなっていたのは事実だし、ここから鎌倉までは既に2駅しかない。。。
歩くに決まってんだろ。

ここからやはり海に出た。
リゾートマンション風の建物が相変わらず多い。
左を見れば南に伸びる三浦半島らしき影が見える。
そう、これは江ノ島からも見えたのだ。
江ノ島からはずいぶんと遠くに見えていたが、「車ならすぐだよ」って言える近くまで来た。
よく歩いたものと、自嘲気味に思う。
浜の名前も七里ケ浜から、由比ケ浜に変わっている。
でも海は同じ。
腰越からずっと横殴りの強い潮風が吹き続けている。
波の具合がよくないからだろうか、サーファーもそれほどいないようだ。

海岸通に出てすぐ由比ケ浜駅への案内板がある。
長谷を出たばかりなのに、もう由比ケ浜の駅かよ(^▽^;)
とにかく案内に従って、左にはいる。
静かな住宅街なのにドイツ家庭料理の店がある。
まるで場違いな雰囲気に思わず通り過ぎてしまう。
店はけっこう繁盛しているようだが、こんな住宅街の真ん中に突然と表れるべき種類の店ではないだろう、と言いたい

長野市

来月半ばから下旬まで、名鉄バスが「お試し」と称して、運賃の大幅割引を行うことは以前に書きました。
片道2000円とあればこれは行くしかないのです。
行く理由なんてあとから付ければいい。
その理由を探っています。

長野コンベンションビューローというサイトにたどりつきました。
そこで長野の観光パンフレットをいくつか送っていただきました。
晩酌しながらゆっくり見た。
へへぇ、長野市内も捨てたもんじゃないがね。

本屋で観光ガイド(るるぶみたいな)を探すと「信州」というくくりで表現される長野市。
長野単独のガイドブックという物はない。
でもコンベンションビューローのパンフはそそるよ。
街並の具体的案内とか、ガラス博物館とか。
おもしろそうじゃん!
それらの行き着く先が善光寺なんでしょ!観光地として何が不満なのか!

同時に送付されていた松代のパンフにもかなりひかれています。
「歴史的みちすじ」というのはなんだ?

北信濃、よさげじゃん!

関東放浪記 (16) 極楽寺切り通し

極楽寺駅も鎌倉高校前駅に続き関東の駅百選に選ばれている。
この日は桜吹雪とともに、極楽寺へ行く人、電車に乗る人で混雑していた。
さて、電車に乗るか...と付近の案内板を見ると、切り通しが間近にあるというではないか。
Img_9937その名も極楽寺切り通し。
こりゃ行くしかないでしょ!
この時点で昼を過ぎ、朝比奈切り通しへ行くことは不可能となった今、切り通しが目の前にあるなんぞ神のお恵めじゃ!
何の迷いもなく、歩きを再開。
極楽寺切り通しは駅から数分。
「これが切り通しなの?」と言いたくなるほどにタダの坂。
切り通しを自分に納得させるための証拠を壁に見いだそうとする。

Img_9949切り通しは岩盤や山の一部を切り開いて通路と為すもので、山に囲まれた鎌倉には一般的に七カ所の切り通しがあると言われるが、実際にはその他にもいくつか存在するらしい。

うむうむ、壁が切り立っている!
一部には岩が見えている!
現状は普通のみちであるが、幼稚な土木力しか持っていなかった鎌倉前代、大変な作業だったろう。
証拠を押さえる為に壁の写真を撮っていると、通りがかった兄ちゃんに不審な顔をされてしまった。
「なぜにこんなものを撮ってるの?」とその目は言っていた。
彼は坂を下り、傍らにある切り通しの案内板を読んでいた。
地名は見たそのまま、「坂の下」。

Img_9953

坂を降りきったところに有名な「力餅」屋がある。
付近にはあずきの甘い香りが漂って、大層な繁盛ぶりである。
もうすこし歩けば長谷駅に着く。

2006年4月27日 (木)

イヤホンはしょせんイヤホン

携帯で聞くために、イヤホン買いました。
Philipsで好評な機種の上位版で、
SHE-775 IN-EAR HEADPHONES Turbo Bass"
ちゅうやつ。
「切れの良い低音が云々」という声がたくさんあったり、「この値段でこの音質は驚き!」とか、「純正イヤホンには戻れない」など、いろんいろ賞賛の声がありましたでござるよ。
しかしながら、耳の中に入れるタイプで、切れの良い低音など期待できるもはずがないのでござる。スピーカー性能はある程度口径によりますからな。だから賞賛の声も話半分に聞いてた。
「このサイズで」という但し書きが省略されているのだろうと。

はは、案の定です。
こりゃあ音楽なんてものじゃない。
そもそも携帯に低音を出すだけのパワーがないのでしょう。
その音を出すんだから、ぺらんぺらんです。
Rolling StonesのA Bigger Bangを聞くと、まるでアイドルの歌に聞こえる。
大半の人は「聞ければいい」という気持ちで利用してるってことは承知してますが、こりゃあとてもとてもロックは聴けない。
ロックは最も音質資産を食わない音楽のはずなので、クラシックなんてとても聞けたものじゃないでしょうな。
まぁそういう人たちに交じって「最低限聞ければいいや」という気持ちで使いますか。
んんーこんな音質なら街のノイズの方が魅力的という声も頭の中で響いてるなw
それにしても期待はずれだわ。
iPodの純正イヤホンてこれより悪いらしいが、まぢかいな。

試しに普段使っている壊れかけの10年ものヘッドホンで聞いたらかなりマシになった。30点くらいのレベルだけども、イヤホンに比べれば相当まし。

なんだかなぁ、まともなコンポでRS聞いてみたいなぁ。
音楽機器が発達して身近になった分彼らの伝えたい音楽・音質・心が伝わらなくなってきたような気がしないでもない。

関東放浪記 (15) 入り江

Img_9916

さてさて。
どういう恨みか知らないが、やはり「乗せまい」という見えざる力が働いている。
電車は出て行った2分後なのであった。
いよいよ「いざ鎌倉」なわけであるが、そうなるにはやはり理由がいる。
駅の地図を見ると、「極楽寺」の文字が見える。
わざわざ「江ノ電車庫」とまで書かれているので、歩こう!

鉄道に沿って極楽寺へと続く細い道に出る。国道からだと「稲村ケ崎入り口」という交差点になるようだ。
しかしこの道はすごく楽しい。
鉄道と道路が狭いところに集中している。鉄道は道路より高いところを走り、道路は一段下。
歩き行くと回りの地形が見えてきて、自分たちは谷に落ち込む崖にへばりついていたことに気付く。
谷と言っても山が落ち込んでいる地形というだけで宅地であり、隙間なく家がたっている。谷というより入り江というべきであろうか。入り江のふちを山に沿って走っているのが江ノ電なのであった。
きっと江ノ電に乗っていても気付くんだろうけど、歩いているものには江ノ電が見えるし、街が見える。
うふふな瞬間なわけ。
その「入り江」の道をたんたんと歩くと極楽寺の駅に着くらしいのだが、間違って脇道に入ってしまい、車庫の入り口へ出てしまう。子供たちが群れていて、係員通路でうろうろとしている。
40年前の自分がそこにいた。

2006年4月24日 (月)

ゴールデンウィーク

29日は彦根へ行くつもりでしたけどが、なにやらきなくさい...

「ゴールデンウィークは作業しないでください」

おいっ!おまいらっ!
同業者じゃないですか!
いくら家族寮だからって平日に作業するなとはどういう言い草ですかっっ!
一般の家庭なら理解しましょ、そりゃ年に何回もない固まった休み、ゆっくりしてください。
でもおまいら、同業者なの!
しかも、自分らの会社が改修してるってのに!
「やめて」とはどういうこと?!

せめて平日はやらせなさいよ。
音が出るからうるさいとか、おまいら、建設業者の社員家族でしょ!

今時建設会社ってのは大手でも土日祝返上わけよ、現場は。
それをおまいら、土日、旦那家にいるじゃないですか!
なんて恵まれた建設会社社員なんだ!
なのに、なんですか、末端の関係者をそうやって粗末にするですか、あぁそうですか。
現場監督とは仲良くしてやるが、ゼネコンのデスクワークなんか信用してやらん。
えぇ相手にしませんとも。
けっ

そんなわけで、29日から休み模様。いい加減にしてくれよ。
3日間日記が途絶えたら切腹したものと思ってください。


さて、29日からの予定ヽ( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄;)ノ
29日は彦根へ行きます。
これは城内・厩の特別公開があるから必ず。
その後ですわ。
帰る必要のない家に帰る必要があるか?(日本語がヘン?)
4〜6日は天国に旅立つのでいないし、間の3日間。
こんどは車中泊も含めて放浪しようかなぁ。

そんな言ってると仕事が入ってくるんだよな。
まぁ一長一短。
その時はその時であきらめましょう。
なんかおもしろい場所ないっすかー!?!

最後まで読んでいただいてありがとうございます。
ついでにひとつお願い。
トレッキングシューズのそこそこのやつが欲しいのですが、オススメありましたら、教えてくださいませ、どうかお願いします。
( ̄人 ̄)オ・ネ・カ・゙イ♪ヽ(* ̄〓 ̄*)ノ^☆ブチュゥゥ♪

予算は15000円くらいまででちゅ。

2006年4月23日 (日)

関東放浪記 (14) 稲村ケ崎

Img_9906道路と並走していた江ノ電は再び道路から外れて山の裾野へと向きを変える。
山に入り込む電車を撮ったあとは、すぐ近くにある音無橋で、落ち込む水音と石造りのらんかんの風情を楽しんでいた。
さて、行くかと振り向いたとたん背後で轟音を伴って藤沢行き電車が通過した。
電車を入れこんで橋の写真を撮りたかったのだ!
電車はしばらく待てば来るが、空腹と疲れのせいで待つ力がない。

音無橋付近は上流階級の別荘地の風情なのに、そこからわずかに歩くだけで、古くからの稲村ケ崎の空気に触れることができる。
狭い道でひしめく車と、買い物かごを手にしたおばちゃん。
それが現代日本の風景かと言うと多少疑問ではあるが、悪くはないね。
Img_9912
駐車場をとり合っているコンビニを左に入ると稲村ケ崎駅である。
駅前には赤いポストがあってちょいと心が弾む。
ミステリーグッズ、赤いポスト!(笑)
ポストは駅前の辻にたっていて、脇道を見上げると古い洋館作りらしき民家が見える。
外から見える部分はかなり朽ちていて、廃屋の可能性もあるが、いい味を出している建物でこのまま朽ち果てさせるのは惜しい気がする。
じゃあ内部公開でもするかい?ってことでもないから困るんだな。
ポストから、洋館にいたる道は細く曲がりくねっていて、ちょっと前の地方の街って気がするが、音無橋別荘地を思うと、この家はその走りだったのかもしれない。
明治の元勲が競って東海道沿いに別荘地を求めた如く、稲村ケ崎へもそういう人々が進出した...と考えるのは突飛かな。

功名が辻 (16) 長篠の悲劇

あさひの婚姻については副田甚兵衛と徳川家康しか知らんので、その存在については触れられないのだが、源助さんのあの消し方というのはどうよ。
思うに、脚本家先生は設楽ヶ原へ行ったことがないと見ゆる。矢が刺さって即死ということは、相当な至近距離から射られたと考えるしかない。時代劇 で矢を払いのけるシーンが見受けられるが、あれが現実なのである。4〜5mの至近距離から射られればよけようもなく、急所一突き→即死ということもあるだろうが、設楽ヶ 原で、戦闘を見学しようとすれば、高みに上がれば十分に見ることが出来たはずである。
しかも、この戦闘の場合、馬防柵を中心として、陣はまっぷたつ。いくら「侍でにゃあ」源助さんとて、織田と武田の区別くらい付くだろう。

江戸自体とは違って、まだ兵農分離が行われていなかった当時、百姓は農閑期であれば戦を見学していたものである。関ヶ原の合戦の一環として西軍が 大津城を攻めた時は大勢の百姓が手弁当で見にきたという記録があるほど。そういう大規模な戦闘でも戦況がわかるというのに、源助さんは一体なぜ矢が届く至 近距離まで近づいていったのか。
また、矢を射たのは武田なのか、織田なのか。
この辺りは相変わらずアバウトな表現で目を覆い隠したくなりますな。あまりに戦国時代に理解がない。
そもそも今回の武田軍。いい加減に馬が真っ先に攻めてくるという絶対にあり得ない戦法をやめてもらえないか。
武田軍はまずつぶて隊が登場し、弓隊が出てくると言う常套手段で攻めてくるものだ。「武田は信玄以来の強兵だ」と武田軍の旧態依然とした戦法をほのめかす発言がありながら、この有様はなんだろう。
武田騎馬隊といえど、実のところはそれほど騎馬の数は多くはなかったとする研究も最近にはある。
ドラマの流れとして、武田にかかわり合っている時間が割けないことは理解できるが、武田勝頼がバカの一つ覚えの様に騎馬隊を送り続けるといった表現はやめてくれ。
信玄でさえ落とすことができなかった高天神城を家康の手から奪い取ったのは武田勝頼であることを世間にちったぁ知らしめるべきではあるまいか。

気持ちいいのが菅井きんさん演ずるなか。
従来、長浜時代のおふくろ様はなんのかんのでしゃばってくる。
おんな太閤記の赤木春恵は今思うとすんげぇうざかった。
「秀吉」の市原悦子はなかなかよかったけど、クソ築阿弥を引っ張りだして台無しにしやがった。それらを見ると、菅井きんはちょいと年を食い過ぎて いることをのぞいては、「小さな存在感」が最適なバランス感の上にいる。きんさんの芝居の他にも、彼女が年老いて小さくなったということも雰囲気作りに寄 与していると思う。

一言苦言を呈しておく。
だれあろう、津川雅彦、その人だ。
死ぬ間際の芝居はなんだ、ありゃ。
頭のてっぺんから抜ける様な「ひゃー」という声、あれは一体なんだ?あの声で何が表現したいんだ?視聴者やテレビドラマをバカにしてないか?
津川雅彦は少なくとも自分の中で3本の指に入れていいほど好きな役者なのだが、少し浮き気味のドラマで津川のような立派な役者が死に際でそういう おちゃらけをやってはいかんと思うのだ。むろんその演技には演出家や本人の意向もあってのことだというのはわかるが、あの「ひゃー」はいただけない。まし てやそのあとに、とても危篤状態とは思えない元気一杯のしゃべりを展開するのである。
ひょっとしたら、こういう軽い作りの大河を批判しているのではないか、と疑いたくもなるものだ。最後の言葉のあとに、一豊をにらみつけるその目 こそが、津川雅彦なのだ。あの目とおちゃらけを足し引きして大河のバランス感覚に合わせたというような話は聞きたくない。どうか、まじめに演じてくださ れ。

GW前の休日〜彦根攻め

今日は彦根城を見に行きたいな、と思っていたのです。
しかし天気の回復が予想以上に悪いのでやめました。
まぁいい加減なもんです。

彦根という街は城以外に何かないんか!と調べたところ、何もないらしい(爆)
城を生かした町づくりしか今のところ考えつかないようです。
食文化はなかなか個性的であるから、それを今以上に全面に押し出せば盛り上がるのでは?
冬限定では魅力不足です。

さて、その彦根城ですが、元禄期に立てられた厩が現存しており、ゴールデンウィークの一部期間のみ公開されるらしい。
つまり来週の日曜からほぼ一週間ということ。
そんなら来週行こうじゃないか!
夢京橋キャッスルロードという商店街もあるらしいので、そこで飯食って、彦根攻めだっ!

彦根城は現在搦手口から登城するようになってますが、城の玄関というものは大手だから、城攻めの際にはそちらから登城しなければならない。無理ならば想像を巡らさなければならぬ。
それには最低限の縄張り図を頭に入れておかなければならない。

Ompok eugeneiatus

Img_1255 Img_1265
魚の雌雄差の判別は難しい。
体や体の一部の形状、成魚のサイズなどで見分けようとするが、大半は種類によって違うため甚だ難しい。

うちのオンポック。
3匹のうち、1匹には尻びれ前に突起がある。
これが果たして交接器がどうか。

突起のある個体は口先(吻)が上へツンとはね上がっている。
そして突起がないタイプの個体より一回り大きい。
おそらく突起がある個体が♂で、ないタイプが♀とみるがどうだろう。
♀同士が♂を巡っていがみ合う様子も見られるが、♂がとり合うか♀がとり合うかは種類によっても違うので判断材料にはならないと思う。
また個体の大きさによる判断も、種類によるので、これも否定されるべきだろう。

となると、♂個体と仮定する個体の吻のはねはがりは、オンポック・エウゲネイアトゥスの性徴とみていいのだろうか。

津島・天王川公園の藤

Dvc00034_m_1

んー遅れているようです。
早咲き種なのか、一部の種類が3部咲きで、あま〜い香りを放っています。天気がよければそれなりに雰囲気は楽しめそうです。おばさんたちのりいくつかのグループが弁当を広げていました。

来週の日曜からイベントが始まりますが、この調子ではとても満開にはなりそうにありません。
GWの終わりくらいが一番いいのかなぁ。

写真は咲いていた一部の藤。
携帯しか持っていなかったのでとても発色が悪い。

関東放浪記 (13) 七里ケ浜

Img_9892

七里ケ浜駅に着く。
またまたタッチの差で電車は出発していく。
これは「もっと歩け」という神のお告げなのか、それとも単なる嫌がらせ...もしくは偶然...
次の駅は桑田圭祐の映画でも有名な「稲村ケ崎」なので、もう一駅歩いてみようと思う。
なんとなく、このあたりから鎌倉まで歩ききってしまいそうな予感がする。
Img_9904
七里ケ浜ではわずかに海から離れて七里ケ浜高校の脇にすり寄ってゆく。
敷設された当時はきっとここが海岸線でだったんだろう。
線路の側道は校内と、江の電の関連施設に入っていってしまうため、わざわざ直角に海へ出る。これだけ江の電に尽くしているのにつれないなぁ...なぁっ!(byフツ夫)
道は腰越から変わることなく律儀に海沿いをゆく。
相変わらず風が強くて、髪がばらつき、上着の裾をたたきまくる。
きっと世間的には寒いのだろうが、しょっちゅうやってくる電車、潮風のかおり、燦々と照る太陽は寒さを感じさせない力を持っている。
でも腹が減る。
やはり楽しいときのビール。ここらで一服して、ビールでも飲みたいなー。
実はずっと感じていたのだが、沿線にほとんど店がないのだ。
時折しゃれたフレンチ料理の店があったりするが、ルックス的にも経済的にも自分には似つかわしくない。
ビール1本800円なんて..所持金がすべてビールに変わってしまう。。。
稲村ケ崎との間の浜になにやらファーストフードっぽい店があるにはあるが、某ケンタッキーにしか見えない。
ビールを置いてなさげな店に用はないのでそのまま行くと、こんどは鎌倉プリンスホテルの看板があり、なかにはレストラン案内もある。タクシーが時折そちらから出てくるので近くかとのぞいたが、草っぱらばかり。
タクシーは坂を越えたさらに向こうから走ってきてるようで、鎌倉プリンスとは関係なさそうだ。
従ってさらに歩く。

関東放浪記 (12) 峰ヶ原信号所

Img_9890

鎌倉高校前から電車に乗ってもよかったのだが、たまたま鎌倉行きが出て行ったばかりで手持ち無沙汰となり、次まで歩くことにする。
一駅分しか歩いていないのに、湘南を味わったことにはならない。
それに次の駅、七里ケ浜は妙にそそる駅名だし、その手前には峰ヶ原信号所があるのでそれも見てみたい。
信号所などわざわざクルマを止めてまで見るものではないけど、徒歩ならその価値はある。
いくつかの相乗効果ですな。
信号所は突然現れた。
軌道敷きがふくれたと思ったらそこがすでに信号所。
ポイントはどうやらスプリングポイントのようである。
つまり利用する向きが常に一定であれば、こうしたシステムで十分に安全な交換が確保できるのだ。
地方鉄道ではそれほど珍しくはない。
ここで列車が来れば絵になったんだけどなーと思いつつながめながら通り過ぎる。
しょせん信号所だから。
これが関西線の上在家信号所ならば数時間は待つことになるかもしれない。

しばらくすると江の電は国道から山側の旧道らしき道に沿ってゆく。
むろん鉄道に付き添って歩く。
旧道は車一台が通るために、歩行者が立ち止まって待避しなければならない程度の道幅しかないのに、鉄道は同じくらいの幅を専有している。電車と道路の間には縁石があるだけで、一般的に言うならば危険極まりないが、特に柵も設けていないのはそれで支障がないからだろう。
自分の前にもなぜか線路に沿って歩く若い女性二人組がある。
彼女らはなぜかはしゃぎながら軌道内に入って歩いている。
なぜ歩きにくい軌道内を歩くのか。
鉄っちゃんですか?( ̄▽ ̄;A

2006年4月22日 (土)

鳥越さん、しっかりして!

なんだかつまらない番組に引っ張りだされておりますな。
これもテレビ朝日とつながりを持った故と申せましょう。
お気の毒様。

あまりにバカバカしく、ここで語るほどの内容でもないてのでスルーしておきます。鳥越さんのこの発言もおそらくそれに乗じたものでしょう。

「9.11でテロリストがアメリカを攻撃して...中略...ブッシュ大統領がね、『やつらは悪魔だ、わたしたちは正義だ』と語ったことがよほどコワイ」と発言しましたがね、あなた自身その前提の前に「犯人グループ」をテロリストと自分の言葉で定義しているじゃないですか。
それはブッシュが「犯人は悪魔だ」ということと同じでしょう。回りの、足りない出演者はどよめいておりましたが、あれこそがバカの温床。鳥越さんのように判断力も知識もある(んでしょうね^^)人にはジョークになるけれども、他の人にとってそうではない。
まぁ論点がそこにあるわけではなく、本来何も考えずに見ている番組なのだから、これでいいんだろうという考え方もありますがね。
そもそも投げやりな番組構成だったので、そこしか見てなかったのじゃ(^▽^;)

携帯で音楽を聴く

携帯電話で音楽が聴けるようになりました。
あぁ、今頃(○゚ε゚○)プププー
でも単にストレージに取り込んだものを聞けるだけで、曲名もわからないし、特定の曲からはじめたいって時は自分の記憶に頼るしかないのです。だって携帯付きカメラなんだもん^^

バソコンから取り込むのは簡単だけど、いちいちファイル名を手直しすんのがめんどくせえ。
こんなことしゅっちゅうやってられないね。
専用ソフトが欲しいところでありますが、どうせMacは相手にされてないじゃろ。

意外といい音に驚いてます。
サラウンドだの、3Dだの、スピーカーが4つだの、いろんな形容は伊達じゃないんだな。
またバッテリーを追加しないかんな。

ゴジラ 

この4/19に新しいガメラシリーズが公開されます。

「小さき勇者たち〜ガメラ〜」
屈託のない怪獣のようで、期待は大きすぎず、小さすぎず。
期待が大きいと落胆も大きい。
そもそも役者を見るとまるでB級映画だし。
逆に言えば癖のある役者を使ってるなーってこと?^^
ほら、見たくなってきただろヽ(`▽´)/

文明対怪獣だとゴジラ、人間対怪獣ならガメラっていう印象が自分にはあります。核を中心にバイオテクノロジーなどを弄んで進化したつもりになっている人間をゴジラに対比させ、どちらが愚かだ?と意地悪い東宝。
「されど人間」を言う大映ガメラ。
このふたつだけがどうにか生き残っているのは、やっぱり基本に主張があるからだ。建物をぶっ壊すことのみに期待している自分の様なものもいるけどね。まぁ人それぞれさ。いいのだ。

ところで、Wikipediaでガメラを検索したらびっくりした。
中国から出土した翼のある亀の化石にガメラの種小名を与えたという。
ゴジラでは数限りなく聞くが、ガメラでは初めて。
翼のある亀ってどんな亀なんだよぅ...
翼状の突起じゃないのか?

それにしてもゴジラはいつ戻るのだろう。

関東放浪記 (11) 鎌倉高校前

あとは鎌倉へ出るのみである。
ここからが本日の「フリー区間」、さあどうしよう。
腰越へ戻って鎌倉高校前へ行くのが普通なのだが、バンフレットを見ると次だ。
ならばわざわざ戻る腰越よりも前に向かった方がいい。
風景も楽しめるし、ひょっとしたら電車がくるかもしれない。

Img_9882

萬福寺は海辺のお寺であった。
たぶん小高くなったお寺の周辺すべてが、寺域だったのだろうと想像してみる。
でなければ、朝廷の使者としてやってきた義経の滞留場所にふさわしくない。
寺の南面は崖となっていて、海に落ち込んでいる。
落ち込んでいるわずかな部分に鉄道を敷き、道路を造ったようだ。
電車は海に出るところで、大きなカーブを描くが、カーブの背後に造山帯らしい地層が見えている。
湘南というのは、どういう地殻変動で誕生したのだろう。
国東半島から渥美半島を経て続く造山帯にはつながらないようだし、もとろん富士の地殻変動帯ではないと思われるし、なんとも不思議だ。もっともここほどあからさまに道路に地層が面している個所もそれほどにはなかったようであるが。
藤沢行き電車がやってきたのであわててシャッターを押す。

鎌倉高校前はホームが海に面しているだけの駅だ。
背後は山であるが、どうにも使えない土地だと見えて、墓地にされていた。
しかしこの駅をどう撮れば絵になるのかわからないまま、通り過ぎることになった。
江ノ電と、駅と、墓地と海。
海側から狙っても道路上で滞っている車が視界を遮るし、墓地のてっぺんから撮っても墓石が車両との間を遮ることになる。
へぼカメラマンに甚だ難しい。

2006年4月21日 (金)

今日は曇りの天気予報だったのに...

朝から雨。
自宅から出て数分間どうにか持ちこたえているだけでした。
現場も当然雨。
それは一部土砂降り。
昼前には自宅に戻りました。
この時間をいかに使うか。
愛車のオイル交換?
帳簿付け?
みくしぃ?^^

初めてひとりでカラオケに行ってきたのさ。
ソロの早漏ゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ

夜しか行かない人には驚きの料金体系!
1000円出したら間違いなくノドがつぶれるでしょう。
それにしても深夜は高いよな、当然だろうけど。
ビール2はい、ジーマ飲んだ。
帰りにラーメン。あぁなんて自堕落な生活をしているんだろう。
また腹が出てきたようだ...

P.S.
ところで、英語の歌詞の上に日本語読みを出すのはなんとかならんものでしょうか。うっとうしくて歌詞が見えない。しかもhave toの上にハブトゥなんて書かれていたりして、発音もめちゃくちゃだし。

国民を憂う

「自衛隊」などという呼称こそ、国民を盲目にするマジックなので、以下日本軍と書く。
海上自衛隊→日本海軍
陸上自衛隊→日本陸軍
航空自衛隊→日本空軍

アメリカ軍の移転費用の大半を日本が負担せよという問題。
政府は「どんぶり感情では国民の理解を得られない」とする。
しかしアメリカ側の心情を思うとき、それはどうなのか。
アメリカ軍が日本に駐屯するのは、主権侵害であることは疑いがないが、これは戦勝国としての特権である。うがった見方をすれば「植民地」でもある。
「植民地」だからこそ文化の押しつけは許される。
高所からの命令も通る。
GHQの意図は軍事国家の解消にあったし、総司令官にも日本文化をおかす気はなかっただろうけども、日本人は「民主教育」のなかで、日本文化をも捨てた。アメリカ式合理主義にはまった。
それのすべてが悪いわけではないが、日本人はもともと自ら考えることをしない民族性を持つのか、方向性が定まるとそれに疑問を持つことをしない。「日本人は12才の子供のようだ」とマッカーサーをして言わしめたのは、そんなことだったのかもしれない。

基地の問題。
アメリカ兵は「敗戦国をおれたちは遠路はるばる守りにきている。移転費くらい払え」というのは人間の心情として当たり前な神経だと思う。むしろ 「払えない」とする日本人こそ頭がおかしいのじゃないかとすら思える。払いたくないならアメリカ軍に出て行ってもらえばいいのです。
「わしらの国はわしらで守りますから、出て行ってください」と言えばいい。
その上でアメリカの国際戦略の一環として、アメリカ軍が進駐する許可を与えればいい。

小泉はアメリカと妥協することで、アジアでの発言権を確保しようとしている。従来より中国の発言権が大きくなり、日本は今にもその「アジア」に埋没しようとしているこの時期、アメリカと言う「威」を利用して存在を示そうとしている。
「アメリカに追従している」メディアの話は話半分に聞いておかなければいかん。少しは自分で考えろよ。

愛国心 国益 国体
そんな言葉にアレルギーを感じている余裕こそが日本人の歴史を直視しない哀れさでもある。映画の絵空事を見て涙を流す。「これが戦争の悲しさ」などとはちゃんちゃらおかしい。実際にはその数億倍の涙がながれているのに気付かない、愚か者たち。
戦犯てなに?
戦争責任者ってなに?
口にする者は、その背景がわかっていってるのか?
窮鼠猫を噛むという言葉を知ってるのか?
喧嘩両成敗って言葉を知ってるか?
何も知らない者が靖国参拝について語る資格はない。

安倍晋太郎が、岩国に基地移転しようとしている。
安倍はなぜに自分の故郷に基地を移転しようとするか、その意図をだれか思うことがあるのだろうか。
彼は先にお国入りをして地元に説明した。
「地元議員だから説得するのが当然」
そう思ってるね、他の自民党員。
彼は基地を引き受けることと引き換えに自分の政治家としての位置を確固たるものにしようとしている。
たとえ山口での人気を失っても、他の地域では強い支持を得ることが出来る。しかも基地問題を収めたことで、党内での地位も固くなる。
それを背景に何がしたいのかわからない。
安倍晋太郎よ、どこへ行く(笑)

ねこ

家への細い道を走ってたら左から右へネコが横切った。
「おめ、動くなよ」と目で制したつもりだったのに、相手は目が合ったことでアイ・コンタクトを取ったつもりか、おもむろにクルマの前に出た。やつがクルマの前に出てきたら、どんなに低速だと言ってもブレーキが間に合う訳はない。
緩慢なブレーキングで減速。
でも接触した様子がない。
なんじゃ?

ネコはクルマの下から走った。
下からはいずりだすように前に走っていく。
クルマを先導するか?(笑)
それでも足が速いつもりか、おまえ(爆)

ねこねこねこ=^∇^*= にゃお〜ん♪

Img_9661

若き日のポール・マッカートニー

Back to the Eggをスーパーの処分市で買った。
LP持ってるけどねw

ええーーーーっ!
ポールってこんなに激しかったか?
Mccartney II以降大人の音になってしまって、すっかり「昔」を忘れていたよ、ポール。
名作「Band on the Run」のまとまりの良さにはかなわんかもしれんけど、おらぁ元気なこっちの方が好きだな。
かっこええもん。
Rockestra themeがサイコーだよ。
音の厚みとか完成度の高さというものは、ベテランにしか作れない壁みたいなものがあるね。
これに比べると昨今のポールはすっかり余生だね。
それもいいけどさ。

2006年4月19日 (水)

レジアスエース 初メンテナンス

購入してほぼ2000km走りました。
そろそろ金属部分のあたりも出たと見て、エンジンオイルとATFを交換してみました。
エンジンオイルはあたりが出たくらいの時期に普通交換するし、黙っていれば工場にも勧められると思うけど、同じ金属がこすり合うATFはなぜに交換しないのか、不思議でしかたない。
ATFは取り扱い説明書に「交換不要」なんて書かれているくせに、ディーラーで交換すれば「5万kmごとに交換」とシールはられるし、クルマ好きは2万kmで換えてしまうことが多い。

エンジンオイルの交換理由を考えたら、一層微妙な精密機械であるATFの潤滑油を交換しないことは、片手落ちに感じて仕方ないのです。
このレジアスエースは20年乗る意気込みなので、ATFはせいぜいいたわってやらないとね。

ところで、常連割引かATF交換と一括交換のサービスなのか、Mobil F1を950円/Lで入れてもらったよ!
へへっへへっ!もうけちまったよ!
社長は「いつもこの値段でいいよ」って言ってたけど...本物か?!
値段を聞くと疑いたくなるんだけど....
本物ならBp Moveなんか使っとれんがな!

関東放浪記 (10) 萬福寺

Img_9881萬福寺は歩いて5分前後である。
海へ出る手前を看板に従って左に折れると線路を介して山門が見えてくる。
しかしその山門はぴかぴかで少し心配。
新しくても古くていいけど、義経という過去を持つお寺として味わいは必要である。
残念ながらこのお寺にそれはなかった。
本堂も山門も真新しく、しかも境内地はアスファルトで固められている始末。
どこから道路でどこからお寺か区別することも難しいが、いずれにしろこの付近の風景から義経主従の姿は想像しがたい。
Img_9874
山門には義経のことが多少書かれているが、お寺にとってはあまり関心ごとではないようだ。
せっかく来たのだから、せめて想像力をたくましくして少しでも義経の心中を推し量ろうと努力したが、やはりむずかしかった。

彼方にはさきほど見た龍口寺の舎利塔が太陽の光に輝いていた。
義経の胸の重苦しさに満たされている自分の心には、あの輝きは屈託が残り過ぎるようだ。

Img_9872

満福寺門前を江ノ電が横切る。
ちょいと絵になるその風景を待ちながら、一服。
待った甲斐があり、数日前に登場したばかりの新500系がやってきた。

尾張津島再発見(2) 次は藤

ラジオ中継のあとは、桜も満開を過ぎた天王川公園へ。
人っ子一人いない(^▽^;)
営業してない露店はありましたが、これは天王川公園が桜に引き続き、藤の名所でもあるから撤収せず居座るということなのでしょう。

その藤は中指くらいのつぼみがたくさんついておりました。
いつ頃咲くのかな。
天王川公園の藤棚、今年はぜひ見てみよう。

Img_0806_1 Img_0811_2
そんな藤の開花を待つ公園で、今こそ花盛り!と咲き誇る八重桜たちを撮ってきました。(ほんとうに八重桜だろうな!w)
こちらはまさに満開で、ソメイヨシノより濃いピンクが曇り空を睨みつけるかのように輝いてましたよ。

Img_0844津島市には津島をもっとよく知って盛り上げようというNPOがあります。
そこが製作したのが、写真のうちわ。
江戸自体初期の天王川祭りの屏風絵がヨーロッパの著名美術館に所蔵されているのですが、常は非公開。
津島市出身の画家が、自分のタッチを込めて模写した絵を意匠にうちわを製作したのです。
図柄は天王川公園のお祭り、うちわは津島の名産。
なんとも地元にふさわしいブツであると感じて、値が張りながらも購入しました。

今年はいろいろイベントもあるようなので、近場の方は津島に来てねv(*'-^*)bぶいっ♪
http://www.ne.jp/asahi/marron/hut/tenjyuku/
http://www.city.tsushima.lg.jp/index.php?oid=2503&dtype=1000&pid=143

(終わり)

2006年4月18日 (火)

関東放浪記 (9) 腰越をゆく

Img_9819昭和初期に建てられたという庫裡を見る。
昭和の初期、松代藩邸を移築したとバンフレットにはあるが、建築時期が昭和初期なのか、移築が昭和初期なのか脈絡からは判然とせず。建物そのものはいかにも由緒ありげな建物で右手から見ると屋根が三段になって美しい。
内部は見られないのが少々残念であるが、生きている建物としては致し方ない。

山門の彫刻もなかなか凝っている。
中国の故事に題材を得たと思われる透かし彫りも、どこにでもあるようなものでなく、お寺の格調の高さを示すものと考えてよいのかもしれない。残念ながら、中国古典を知らないので、何がテーマになっているのかわからない。
龍口寺山門で座り込んで桜を見ていると江の電が目の前を通過していった。
さっきは気づかなんだけど、軌道併用区間だったのか。
Img_9839
次なる目的地は義経が鎌倉への道を閉ざされた時に滞在した満福寺である。
最寄りは次の腰越なので当然歩きである。
江の電は腰越まで軌道・道路併用区間なので、独特の風景を電車が来るのを歩きながら楽しむのもよい。
瀧口寺からすぐに古い写真館がある。
目の前が魚屋で、車が数台止められていて歩行者が歩けない。
軌道外には止められているが、なにしろ細くなっている部分だから、人が歩く隙間すらない。
たまたま電車がやってきて、歩行者が足止めを食うことになり、甚だ不快でもある。
Img_9846
危険を回避して歩き続けると、また前方から電車が来る。
そして魚屋。
車通りはそれほど多くなく、時折立ち止まっては後ろを振り返ってシャッターを押したりする。
そういう余裕が楽しくなる通りだった。
腰越駅から専用軌道にはいるが、この部分で撮影のため電車を待つ。
大変に見通しが良く、龍口寺付近まで見通せるので、風景やバランスを思いながら、レンズを前後させてみた。
まったく大した写真が撮れていなかったことが大笑いである。

巨乳

巨乳のおねーちゃんを見た。
正確に言うと、「巨乳を巨乳っぽく見せるおねーちゃんを見た」
今まで出会った人のなかにも巨乳の人はいたかもしれないが、
「あたしは巨乳なのよっ!」っていう演出をしているおねーちゃんを初めて見たといえようか。
薄物の上にカーディガン一枚羽織っただけの姿。
歩くたびにそのでっかい乳がゆっさゆっさ揺れる。
脱ぐとだらんと垂れてたりっていうことが多いらしいから巨乳にはあまり興味がわかないけれど、あまり見事なんで、見とれてしまいましたよ。
男の本能としてあんなことこんなこと...と妄想かき乱すはずなのにねぇ。。。そこまで頭が回らなかったw

たっぷんたっぷんゆっさゆっさ....
ばんざーい!ヽ(▽ ̄ )乂(  ̄▽)ノ ばんざーい!

2006年4月16日 (日)

さわやかウォーキング

Img_1123_1 Img_0957_2

JR東海のさわやかウォーキングに行ってきました。
往復とも中央線特急。
時間をカネで買いましたw
Img_1058
この企画はかなり人気があるそうで、今日など自由席のお客の半分が南木曽駅で降りました。
しかし今日の行程はキツかったなー。
あさからビールというのは間違いかもしれない。
つーか、山道をなめてたか<わし
11時のビリッケツから歩き始めた。
当然最後までビリ。
ずっとビリ。
おじいさんにも先行かれた。
だれにも会わず、だれにも会えずw

結局あれだな、ウォーキングの疲れというものは、立っている時間と、歩くと言う運動量の和に比例するのではないかと思った。
ゆっくり歩こうが早く歩こうが仕事量は同じ。途中で休憩を入れなければ、むしろ早く歩いた方が疲労は少ないのではないかと。ましてや写真を撮る為に立ち止まったりするのは、一層疲れを増すのではないか。
10kmそこそこの山道なのに、足がしんどいです。
でも腰にこなかったし、骨折跡も痛まない。
天気がよかったせいかな。
ミツバツツジはきれいだったし、妻籠も楽しめたし、あさ突発的に思いついたわりには正解の旅でした。
ただし、JR東海のさわやかウォーキングからは脱落しました....
あのコースを行くならもっと朝早く出なければいけない。
11時からでは踏破できないよー(/□≦、)エーン!!
またどこかの鉄道会社のハイキングコース行こう!

2006年4月15日 (土)

尾張津島再発見 (1) 津島に山浦ひさしがやって来た!

Img_0651 Img_0668

 

土曜はあさから雨模様。
朝早くにお誘いメールを出したけれど、「今から」では芳しい返事があるはずはなく、家でぼさーってラジオを聞いてた。
すると東海ラジオで「今日の山浦くんは津島線津島駅へ行きます」っちゅうではないか。
この中継は「土曜はど〜よ?」という番組内の一コーナーで、タレントで自営業者の山浦ひさし氏が駅で人を集めてクイズを出すと言う企画です。
「2時40分までに」って2時16分に言うことじゃないだろっ
あわてて準備して出発。
駅までは10分。
でもオンエアーはどうせ3時過ぎだから、彼のサインをもらうため、津島の絵はがきを購入する。
この絵はがきは下街道沿いのごず屋という店で買えるのだか、津島市民とて、大半は知らぬであろう。こういう時、街歩きが役に立ったりする(笑)

Dvc000293時からの番組は「いひょう!」を突く展開であったらしい。
けっこう盛り上がって10分ほどで終了。
その後は局側の記念撮影と、プチサイン会。
それにしても東海ラジオ、フットワーク軽い。
なんと本当に電車で来たのだと!
いくら集まるのが駅とはいえ、最低限の機材は必要だから、クルマだと思っていたのに、電車!
現場ディレクターは美人のおねーさん。
山浦くんは、元吉本芸人だから野暮ったいにいちゃんを想像してた。しっかりと裏切ってくれて、なかなかいい男じゃないかい。
人当たりもよくていい感じの人でした。
タイムキーパーの山浦くん自信が担当しているようだし、えらい大変そうな中継でした。その割にはふたりとも余裕かましてた?

ラジオの中継を見に行ったのはいつ以来だろう。
昔はけっこうぶいぶい言わしてたもんだけどな(笑)

関東放浪記 (8)寺の観光客

Img_9792 Img_9806

さて龍口寺はここから舎利塔へと向かう。
舎利塔はおそらく寺の最高地点にあると思われる。何しろ「海が見える」と言うのくらいだから、自慢でもあるのだろう。
五重塔から行きつ戻りつ山道をたどって舎利塔に着くが、あまりにきんぴかな新しい建物で興をそがれる。
確かに江ノ島を含めて景観はよいのだが、いったん興味を奪われると卑屈になってしまうもので、グレーの海を見て数枚の写真をお決まりごとのように 撮っただけ。開けている南側には2m程度の高さの足場がもうけてあり、さらに高みからの見物が可能となっているので、普通の観光客には好評かもしれない。

下山して本堂を反対方向から見る。
こちらからは巨大や屋根を見上げることができ、そこに桜の枝がオーバーハングする。
これは素晴らしいロケーションであるが、再現力のない自分の写真はまるで幼稚園児の書いたクレヨン画。
べったりと色がのったよ(;^_^A アセアセ・・・
お寺の屋根は必ずソリを持っている。
大きくても古くさく感じるし、新しいと現代的に過ぎるし、なにより美しさに欠ける。
お寺は人の心のよりどころとならなければならないために、ある程度は形を整えてまずは耳目から惹き付けることが必要であるように思う。
だからこそ、寺の大屋根にひかれるんじゃないだろうか。
篠田正浩監督の「梟の城」で、伊賀者たちが走った大坂城の大屋根は、まるで建物が屋根だけで作られているんじゃないかと誤解してしまうほどの圧倒的迫力を再現していた。下からだけではなく、時には上から見てみたい...大屋根。

本堂に入る。
正面に賽銭箱があり、右からは若い坊主らの私語が聞こえてくる。
寺もソフトは現代風か。
賽銭箱の横にはお寺を紹介するバンフレットがおかれており、「100円」と書かれている。
ここまで来るような参拝客(冷やかし込み)は、パンフレットを所望するだろうし、100円をケチるような真似はしないだろうと思う。が、「仏様は見ています」と「脅迫」の文字が。ということは実際はそういう輩がいるのだろうか。
いや、よく考えれば代金用の箱が用意されていた。パンフレットと並べられていたが少しく離れていたためにそのまま賽銭箱に入れてしまった。お寺にしてみれば不法にパンフレットを持ち去った不埒者なのかもしれない。あぁ(^▽^;)

鎌倉について(byサライ)

そういう本があったの。
サライの鎌倉だって。
おまいら、なんでそんなに自信たっぷりなんですかぁ〜って!(笑)
手前味噌だなーって^^

さすがに写真はきれいだけど、内容はもうひとつだなw
ぼく好みじゃないのかな。
あんまりアングルが好きじゃない。
そもそも鎌倉といえば切り通しだろって。

はっきりいって、マイミクさんとか、コミュとか、ネット上の情報に比べたら、とってもちんけな情報量しかないんだけど、買ってしまった決め手が、先頃なくなった御成商店街の滝之湯さんの写真が少し載ってたこと、それに鎌倉シネマ館のしらすトーストの写真が載っていたこと。
鎌倉シネマ館といっても、映画館じゃないの、軽食屋さんみたいなとこなのね。そんなこと知らねぇから、この間通過しちゃったよ。小町通りから脇に入ったとこになあったんだよ。
てっきり映画ファンの集まり居酒屋だと思ってしまった。
しまったしまった島倉千代子。
その写真にはシラストースト2きれと、ジョッキに入った生ビールが写っている。
この写真一枚で、大後悔している天茶さんである。
すんげぇ、うまそうだぁ!!!

いざ、鎌倉!

2006年4月13日 (木)

柳生十兵衛七番勝負 (2) 涙の剣

この作品のテーマは侍の悲しさにある。
人間としての生き方と矛盾する侍の生き方、あり方というものがどういうものかを著わそうとしている。ひいてはそれを鏡にして、己を生き方を見つめ直してみろ、という作家の隠れた意図が含まれているのかもしれない(津本陽っていうそういう作風じゃないけどねw)
最後にはいつも薄汚い但馬守が悪人であったという結論であるのは、一般的歴史知識としても、十兵衛が主人公であることからも決してゆずれぬところではある。

さて、今日のとにかく鈴鹿真太郎役の山口馬木也をほめたい。
彼のテレビでの仕事はとかく怪しげな役が多かった。
バテレン法(手品、魔術、そういう系統)の使い手だったり、おかまチックな役だったり。
フジの剣客商売では、主人公・秋山小平太の嫡子・大次郎の役を演じ、それなりの「まとも感」を出したが、ほとんどテレビに出ないためか、どうにも、過去のイメージが濃かったのです。
だって剣客〜の時は殺陣が板に着いてなくて、腰がふらついていたんだもの。とても剣客には見えなかったんだもの。
それがどうだ、今日は堂々たる剣士だ。顔つきだって颯爽として、戦う男の顔を見た気がする。
先頃見た小野田元少尉が帰国した時の顔に似てた。
そういう時代劇の芝居ができるほどにうまくなっていたということだ。元々は舞台役者らしいけど、時代劇というのはある意味特殊な舞台でもあるので、なれと言うものも必要かもしれない。
いゃあ、見事な変身ぶりに、拙者、感服つかまつった!

前回シリーズで本意ならざるまま、父・但馬守に従っていたが、第二シリーズでは、少しずつ十兵衛の顔が人間に戻っていく気がする。つまり、幕府を生かすことと人間らしく、剣士らしく生きることとの違いを改めて思い出してゆくようである。

島原の乱は周知の通り、伊豆守の出馬による幕軍の総攻撃で終焉するが、果たしてその時十兵衛がいかなる挙に出るのかが、大変に楽しみでありまする。

ろけんろーおやぢ

どちて坊やがろけんろーおやぢになってしまいました。
名古屋公演以来すっかりストーンズにやられてしまった。
今日はレンタル会員券の更新も兼ねて、レンタル屋へ出動。

以下ストーンズ
・It's Only Rock'n'Roll
・Brigde to Babylon
・Love You Live
・Steel Wheels
・Beggars Banquet
夢の中のまっすぐな道/aiko

なぜaikoなのか、突っ込まないように。
好きだから仕方ないのw
そして、「大人のロック」という雑誌。
ストーンズの歴史が振り返れそうなんで、入門資料として購入。

オススメはないかな?!

関東放浪記 (7) 龍口寺大屋根

Img_9749うしろを振り返ってみよ。
下から見上げた時の数倍の迫力を巨大な屋根から感じるとることができる。
大屋根というと三十三間堂をはじめとする京奈の寺院建築を思い浮かべるが、それに匹敵する大きさ、迫力。
彼の地の寺院は不幸にして背後から見たりする機会はあまりない。
寺院建築は古いことが最大の魅力のように言われるが、建築というものの評価は本来個々の感じ方によるものなのであって、ひとりひとり違って当然で ある。しかしながら感じる力も自らが養わないと、備わっていかないというしち面倒くさい手続きを必要とする。「才能」などというが、実は回りから受けてい る様々な形の刺激を吸収した結果なのかもしれない。とはいえ、そうした「才能」がない自分には、歴史とバランス感覚のふたつが基礎である。
発達が遅い...ヽ( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄;)ノ
さらに、その感動を伝える手段を持っていないのだ!
これが厳しい!
「大きい!」「すごい!」「かっこいい!」というありきたりで陳腐な形容詞は使いたくないくせに、他の伝達手段を持っていないのね。カメラを向け、いろいろ設定を変えて撮ってみたりしても、肝心な部分が脱落している気がする。
絵が描ける人はデフォルメできる。
とりあえず「形」だけでもここに掲げておきます。
実物は息を飲むほどの美しさと迫力である。
心あれば数秒間は呼吸を止めるだろう。

足腰の弱い人は幸いである。
足腰の強い人よりも回りがよく見えている。
キリストが言ったかどうか。
キリスト教徒ではない自分にはわからないが(爆)
にしても、寺でキリスト教徒とは、不謹慎極まりない見学者でもあるな。

五重塔にたどり着くと先客あり。
外人さんカップルと通辞らしき男性の3人組。
「こんにちは!」とふいに声をかけられて声に詰まってしまう。
山内にはさざんかの大木が何本も立っていて、「いじらないこと」の大切さを感じる。
生き物の栽培飼育の核心について、人間の力がほぼ無意味であることを感じたりもする。
ここまでサザンカを大きくするのにどれだけの時間がかかったのだろう。
逆にサザンカを植えたのは椿を忌み嫌ったからだろうか。とすれば、植えられたのは武家が台頭して久しい時期だろうか...。
そういえば鎌倉と言う地が歴史の表舞台に立つのは頼朝がやって来てからだけども、前史はあるのだろうか。
攻めるに難い、守りに易いと言われる鎌倉だけど、豊臣秀吉の小田原攻めと同じ手法を用いれば、小田原以上に落城させるのは簡単であることに、頼朝は気付かなかったのだろうか。
ずっと疑問だったんだけど、この種の疑問を著わした文章を目にしたことがない。
京と同じ地形を選んだところに、頼朝の限界があったのかもしれない。
織田信長は京を守りにくい地として、自らは決して住まなかったことにもその答は出ているように思う。

酔っぱらいのたわごと

連日、すさまじくテレビがつまらない。
目をあてるのも惜しい内容ばかりで、ひとり、ビールを食らいながら「ビジュアル・街道をゆく」を読んでいた。
普段は原作を読んで、とても行けぬであろう場所の写真などを見て原作に色づけをするに過ぎなかったのだが、あながち原作からの引用ばかりでないことに気付き、そうでない部分ばかり読んだ。
現地の写真に加えて、その道のプロのコメントであったり、同業者の感想であったり。
「街道をゆく」という作品に対して、それぞれの想いを読めるのはかなり楽しい物でした。

さて。
「肥薩のみち」の引用部分、
「この一種神聖感を帯びた独特の寛容性と....」>
「一種神聖感」という言葉は「一種」という広いくくりで以て「神聖感」という一部ではこうるさく反応されそうな言葉を包み込んでいる。コレは一般的表現であると思うが、「独特の寛容性」となると出てくる物ではないと思った。
「独特の」は著者の主観である。
この場合西郷隆盛についての記事であるが、「独特の」を具体的に述べるとすれば、本一冊書けるほどのものを含んでいる。それを「独特の」という単語にのせて、「おれの読者なら、これで理解せよ」と言わんばかりw
そのあとに「寛容性」と来るから、これまたすごいってもんだ。
あぁ、わがままなんだな(違!)

この一行で、司馬遼太郎の大きさを感じてしまったというはなしでした。

2006年4月11日 (火)

関東放浪記 (6) 龍口寺五重塔

翌30日、またまた江の電に乗る。
直前まで成り行きなのが「放浪」の真骨頂である。
江ノ電と徒歩を絡めて鎌倉まで行き、朝比奈切り通しを見学したあとに鎌倉から千葉まで横須賀線で移動し宿泊という予定らしきものはあるが、”絡めて”というところがあやふやで、行ってみないとどうなることかわからない。

藤沢駅の案内所で江ノ島の観光パンフレットを手に取ってみる。
ふむ桜の季節なんだな、スタンプラリーもやっている。
せっかくだから、桜のひとつやふたつ見てみよう。
一日乗車券「のりおり君」を買って、江ノ島駅まで行く。
海とは逆に歩いて通りに出る。
歩くこと10分、龍口寺を見つける。
この場所は鎌倉時代には処刑場だったそうで、数多くの魂が漂っていそうな暗いところだ。
Img_9828_1背後に山を背負い、「あとがない」感じがなんともいえず重い。
南に開いている割には日だまりになっていないこの雰囲気はなんだろう。とはいえ、この時期山門付近には桜が咲いておりとってもきれいだー。
奥に進むにつれ桜も多くなってくるが、それよりもお寺の巨大さに威圧されてしまう! Img_9748
背後に控える五重塔は美しいバランスを持って立っている。
緑に囲まれて建物そのものの美しさが引き立っているようだ。
江戸時代の建造物とあって、デザインも技術水準も高いレベルだと思う。
スマートすぎるなどというのはぜいたくすぎる言い分かもしれないが、それほど完ぺきなデザインであるといえよう。
本堂脇から五重塔を見ながら歩く時の感動は口に出来ないほどで、「舎利塔から海が...」という自分にとっては既に付け足しのような観光地的要素が、この寺の奥深さを演出していく。

子供連れの女性が子供をせき立てて五重塔への山道を登っていく。
そんなぜそんなに急ぐの?
なんのために登るの?
「きれいだねぃ」と一言つぶやいて、腰を下ろした方が子供の心に残るんじゃないだろうか、と思ったりもする。
でも自分もかつてはああやって急いで登ってたんだろうなぁ。

保守二大政党

世は小沢さん一色になってきた。
小沢さんは実力者でしっかりした人であると田中角栄の腰巾着時代から評価は高いが、自民を出た時の世のそしりを思い出すと、「日本は民主主義が成熟していない」という言葉に凝縮したように、同じく呆れる思いがする。
小沢さんにしてみれば、あくまでも「国民の皆さん」であるし、自身の出世は国民のためであるから、はっきりとは言わないけれど、「おまえらのようなアホ」と聞こえて仕方ない。
「成熟していない民主主義」という発言を突き詰めればそういうことだろう。うまいこと言うものだと感心した。
そもそも「小沢ばんざい」はだれが唱え始めたのだろう。
橋本氏失脚のとき、メディアが小泉人気を煽りまくったように、こんどは小沢か。
けっ!
いい加減に気付けよ。

それにしても、「小沢さんしかない」というのは、なんという考え違いなのだろう。大体二大政党の自民、民主は同じ根っこである。
同じ根っこのふたつを競わせてどういう利が国民にあるのか。
具体的に目指す方向は同じである。
その手段としていかなる方法があるかというのが、双方の主張の違いに過ぎず、結局大勢的体制に何ら変化はない。
とすれば自民と民主が大連立しても国民に依存はないわけだ。
その弊害についてはイラク攻撃関連のアメリカ議会に於いて示されたばかりであるにも関わらず保守にこだわるのは、日本人の保守的性格の表れだろうか。

民度の低い国に民主主義は害が多い。
そういう国ではむしろ一党独裁こそがふさわしい。
国民による信任よりも、組織の自浄能力に期待できるから。
組織の構成部品はむろんその世界のプロである。
民度ゼロの国民よりも組織や世の中が見えているはず。
少なくとも砂上の楼閣のような日本の民主主義に於いてはね。
いや、メディアに操られている世論など、既に砂上の楼閣ではなく、砂に帰しているのかもしれない。
むしろ最初から楼閣すら築いてないかもしれない。

じりじりと水槽が復活

Img_0636_1 Img_0640
心配した個体の犠牲はゼロ。
クリプトコリネも一時的に全滅しました。

あれから3週間。
クリプトもぼちぼちと新しい葉の展開を始めました。
絵的に魚たちのいる場所がなく、一個の水槽として落ち着いてませんが、個体の体調自体は悪くなく、クリプトの成長待ちといったところです。

それにしてもJALECOのCO2レギュレータはダメだなあ。
やっぱり安物はダメ?
減圧機能がついているレギュレータということで、オークションで新品を買ったのはいいけれど、構造的にまずい部分があるんじゃないか。
二酸化炭素が漏れる。
パッキンでボンベとの接触部を封じているところだけでなく、筐体そのものから漏れていたりもする。以前ADAの一番安い減圧機能なしのレギュレータを使っていたが、こういう事故は一度もなかったし、パッキンを交換したことすらない。
この際ADAに戻そうか。
そも、自分の使い方で減圧機能が必要だとも思えない。
きっと電磁弁などで自動添加する場合に必要になると思うのだが、どうであろう。レギュレータのハンドルで二酸化炭素の流出量を調整しているのだから、特別な機能なんて必要ない..よねぇ。

関東放浪記 (5) 江ノ島

児玉神社をあとにして、先に進む。
道は整備されているし、途中に海が見下ろせる花畑などがあってとても美しい。
曇っていたこともあって、海も空もグレーに染まってしまい盛り上がりに欠けるが、水彩絵の具持ち込みで立ったまま写生している猛者もいた。そうだ、自分が感じる力こそすべてなのだ。
こういう場合、自分の想像力も書き込める絵の方が表現方法としては優れているかもしれないね。
絵が描ける人がうらやましい。

Img_9614 Img_9619_2

 

どんどんのぼる。
道は狭いが、左右には食堂や売店などがひっきりなしに現れてあきさせないし、アップダウンの激しい道はきちんと整備されていてとても歩きやすい。石畳が景観をより印象強いものにして、被写体として目を引く。

「入り口のヘンな建物をなくせば完ぺきじゃん」と思ったりもするが、あれのことはもう忘れよう...
最終的に江ノ島の裏側にたどりつく。
岩屋洞と呼ばれる浸食洞窟があるが、営業時間ギリギリの到着であったから入らずじまい。
Img_9601
好天ならここから弁天橋まで舟が出ていて、同じ道を戻る必要がないのだが、あいにくと荒天で船は欠航。
戻る時間も考慮に入れるととても見ている時間はない。
が、来た道を戻っても視界が違うので、これまた違う目で見られて新たな発見がある。
そのまま戻るのもあながち悪くもないなと思う。

わざわざ電車に乗って来てくれるマイミクさんにおみやげでも...と、焼きたてのせんべいを買う。
自分の分も一枚買って横のベンチでビール片手にかじる。
はぁ、一服だわぁ。

さらに、「モノレール駅へ行く途中の江ノ島羊羹がうまい」という情報を得るが、どこかよくわからないうちに江ノ島駅に着いてしまう。もともと土産物は荷物になる上に、いつ帰宅するかわからないので買うつもりはほとんどなかった。しかし次回の宿題ですな、これも。
江ノ島駅で新500系登場記念乗車券を買う。
その後やってきたマイミクさんと藤沢市内で2時間ほど飲食した。
彼女は花粉症がひどいらしい。

ホテルにラジオが備え付けになっていたことがうれしくて、ニッポン放送「知ってる25時」を流したまま寝る。

2006年4月 9日 (日)

功名が辻 (14) 一番出世

ドラマの進行はスムーズですね。
ちょっとサラリーマンを強調し過ぎかな。
回によって演出にムラがあるのは、複数の演出家を使っているせいか。それをメリハリと呼ぶ場合もあるが、戦国と現代では決定的に価値が違うので、あまりに現代風を持ち込むと勘違いする人たちが出てくるので、適当なところでやめるのがよろしかろう。

さて、名古屋人としてタイヘン気になるのが、方言の使い方である。そもそも戦国期の言葉は、現代の狂言のような言い回しが最も近いとされる。しか し地方(京以外の土地)ではそれぞれの方言が「標準語」として使われていた。「祝着至極に存じまする」という言葉は、性質から見て室町あたりで使われてい た言葉かと想像するが、それを使い得たのは、京を制したものか、京風文化にかぶれている必要がある。織田家は第一の条件に適合するのであるが、自宅に帰っ てまでそれを使ったかどうかということになれば、答えは「否」と言うべきではないか。
国と言う理念が確立していないこの時代、言葉を統一するなどある得るはずもなく、それぞれの方言が標準語である。

それは織田家に於いても同様なはずで、自宅に帰ってまで武家言葉を使うことはない。まして秀吉の様な地下人上がりが、武家言葉など、ちゃんちゃら おかしい。しかしながら、天下人・従一位前関白・大政大臣豊臣秀吉がドラマ中で名古屋弁ではおかしいから演出として話しているにすぎない。それはお約束と いうもの。
しかし今宵の秀吉肉親の言葉を見よ。
菅井きん演ずるなかはまだしも(名古屋人から見ればとても名古屋弁とは認められないおかしなアクセントだが)、松本明子の旭や、その旦那の言葉はどう好意的に聞いても名古屋弁ではない。
親に育てられた娘が同じ場所にいっしょに住んで、違う言葉を話すと言うことがあっていいものだろうか。
なんの意味が合って、わけのわからない言葉を話すのか。
演出上の意味があるのか。
名古屋人は怒っている。

しかし仲間由紀恵はいいのぅ。
ガメラ3の時よりもちょっと顔がふっくらした健康的な感じがよく、愛らしくメモとすゞやか。今や仲間由紀恵こそが千代だと勘違いしてしまうほど役をつかんでいるね。

関東放浪記 (4) 江ノ島・児玉神社

海岸道路とクロスして弁天橋を渡り、江ノ島に"上陸”。
部分的に切れてはいるようだけど、これだけ人車の行き来が多いと陸続きに感じてしまう。
近辺にあった案内板によれば現在の橋は3代目だそうだ。
有料橋だったにも関わらず、台風が来るたびにながされていたと。
この日は強風が吹き荒れ、海は波立ち、波は荒れ狂う。
橋に当たった波は砕け散って、もう少しで道路上に吹き上がりそうだ....

出迎える建物はラブホテルのような、今時のお寺のような、国籍不明的な少し引きたくなる建物である。
江ノ島付近に立つマンションより多少は気が利いているかとは思うが、その底辺に流れる精神には大した違いは感じられない。目立とうという気持ちと少し気取った雰囲気ばかりで、景観になじませようと言う気持ちはみじんも感じられない。
入り江に固まっている民家群の持つ雰囲気こそが、江ノ島の伝統的景観というものではないのかと思ったりした。
日本の観光地という物は、名が上がっていくにつれて、こういう発展(退化?)を遂げることが多い。

Img_9535人の流れに乗ってゆくと、自然と中央隆起部を踏破してゆく形となる。正面の坂を見上げれば、さらに急な階段の先に竜宮城のような門が見える。江ノ島神社の入り口らしいが、登山道(?)からそれる形となるので、素通りする。
そこからを50mも行かないうちに、児玉大将の行跡を書いた神社の看板とともに鳥居が現れる。
多くの観光客のだれ一人としてそちらへ足を向けることはないのが、悲しい。
横須賀に日本海海戦で旗艦を務めた戦艦三笠が展示してある。
もともとロシアの南下政策から日本の独立を守った気概と本来の意味での愛国心の象徴として、展示したと思うのだが、戦後はダンスホールなどに改造 され、かなり荒廃した状態となっていたらしい。それを見たアメリカ軍人が「日本人の愛国心はどうなった?」というほど呆れたそうだ。戦争の否定と国を守る ことは別だということすら、アメリカの”民主主義教育”の中で失っていった日本人を、こういうところでも感じることができる。
ミサイルの1発1発を危惧しているような国民には、祖国防衛などという言葉は理解できまい。
先祖を大切にしない国民に将来はないよ。

Img_9525児玉神社は海を見下ろす山頂にある。
眼下には弁天橋が、そして対岸の湘南地区。
「いいところに祀ってもらったじゃん!」と児玉さんに話しかけてみる。
ひげ面がにっそりと頬を崩したような気がした。

Img_9518神社内には人気がない。
先ほどまでの喧噪がすぐ近くとは思えない。
風の音がごうごうと聞こえるが、回りが木で囲まれているせいか、風はここまで届かない。
ふだんは賽銭など絶対に使わないが、この時は感謝を込めて放り込んでみた。
別に神様にこびる気持ちもないので、手を合わせるだけ。
手を合わせるという行為は感謝を示すポーズだと思うからこれでいいのだ。

神社内には横須賀鎮守府による爾霊山の碑がある。
爾霊山というのは、激戦地であった203高地のことである。
世に伝わる第三軍司令官・乃木希典の漢詩がある。

Img_9517_1    
   爾霊山険なれども豈に攀(よ)ぢがたからんや
   男子功名克艱を期す
   鉄血山を覆て山形改む
   万人斉しく仰ぐ爾霊山

司馬遼太郎はこれをして「乃木は一級の詩人である」とした。
203高地を爾霊山という字をあてた乃木の気持ちを思うと涙が出そうになる。
203高地奪取を督促にいった児玉と乃木の友情を思って、横須賀鎮守府はここに彼の地の石を置いたのだろう。

20年

サライと言う雑誌をご存知でしょうか。
大人の男が読む本、というとあまりに抽象化し過ぎ?
んとまぁ一般的にそういう印象のある雑誌です。
こいつを創刊号で手に取った自分は一体...
当時、興味ある題材を取り上げていたから購入したはずなのですが、内容が理解できなかったはずです。
買った結論、
「内容が理解できる大人になりたい」
はたちのおこちゃまには理解できない難解な雑誌だったらしい(「おまえがバカなだけだ」という突っ込みは、冗談として理解できる人だけにしてください(爆))

今や、40才を出て数年、内容が自分にぴったりになってきていることに気付きます。もちろん、今月号の特集、「万葉集を旅する」なんてまだまだ理解の外。難しくてまだまだ取り付く島がない。
でも相変わらず興味だけは継続していて、これが自分の本質的な興味対象なのか、と思って見たりもします。
そして、日本語の美しさに気付く。
これで内容の深さを理解する力があればいいのに....。
20年たっても昔と同じぢゃあないかw

前号では東京を歩いてみたり、出版界の隙間を埋める様な雑誌づくり。なかなかやるな、小学館。
ジャンルにこだわらない誌面だから、そのうち、ローリングストーンズも取り上げるんじゃないか。あ、そういえば第二特集はクラシックだな。
嗜好品て、誠に自分勝手なもの。
自分が好きならそれでよい。
「ここがいいんだー」と教えてほしい。
他人にいいものなら自分にもいいものかもしれない。
共感できる可能性がゼロでなければ、そこから何かを得るはず。
ローリングストーンズしかり。

だから.....興味を持つなって>自分
脳の容量は限られているんだから。

黄色い雨

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今日の愛知西部、すさまじい黄砂でした。
こんなひどいのは記憶にない。
例年、言われなければわからない程度の現象です。

午前10時前に雨が降り出して一時的に荒らしのようになったあと、やつらはやってきました。
「もやが出とる」
そういう人もありましたが、低気圧が去ったあとの強風下、山間部とはいえ、湿気が留まれるはずがない。
山はかすみ、空は曇天。
「晴れ」の予報がむなしくかすむ。
かすんでばかりの一日でしたなw

2006年4月 7日 (金)

関東放浪記 (3) 島までの4.5丁

肩に食い込む荷物をホテルに置いて藤沢駅に折り返し、江ノ電の客となる。
駅は頭端式1本で、片側から降車した後に反対側から乗車させるというシステム。

なぜに江ノ島か。
江ノ島に何があるのか。
大船からはモノレール、茅ヶ崎からは小田急線が通じている。
大した観光地であるというしかあるまい。
4両編成の電車に乗る。

自分にとっての江ノ島は児玉神社があることだけ。
凍てつく中国大陸で、帝政ロシアを蹴散らした児玉源太郎大将が祀られている神社である。
彼は家族を連れてこの地をよく訪れていたらしい。
鉄道で江ノ島に着き、そこからは馬車で江ノ島の別荘地に向かったとか。
そのとき児玉大将が歩いた道を自分もたどってみたいと思ったのが、江ノ島を訪れた唯一・最大の理由と言っていいかもしれない。
理由がもうひとつ存在するとすれば、江ノ島電鉄という瀟洒な鉄道がそこを通っていること。
このふたつで十分すぎるほどの意味がある。

江ノ島駅から海に向かって歩く。
タイル張りの道路は観光客にいかにもきれいな印象を与え、街歩きの楽しさを感じさせてくれる。
あぁ!
それなのに傍らには巨大なマンションがいくつもそびえ立ち、かつ回りも高層マンションに見下ろされている。
この不快感はマンションが合理性だけを追求した結果であることに相違ない。
いまどきの観光地という物は、雰囲気作りが大切である。
観光客は何かを見に来るだけではない。雰囲気で癒されたりする物なのであって、例えば朝から酒を飲むということが正月には許されるように、環境が緊張を解きほぐすものなのだよ。
この地域といったら、そういう配慮はほとんどない。
そのくせ、古い旅館が前面でがんばっていたり、町づくりがまったくちゃらんぽらんである。
ちゃらんぽらん、ほったらかし、成り行き任せ、ええぃ!どうにでもなってしまえ!!!みたいな^^;
江ノ島というブランドを通して藤沢市は何がしたいのかさっぱり見えてこない。
観光客と住民がまったく別の世界で同居する観光地など、魅力的なはずがない。
なるべく目線を下げて雰囲気を味わうようにする。
それなりにいい街でもあるだけに、残念ですな。

悲しき山里

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今行っている現場の写真です。
産業廃棄物処理場から出た水を浄化する施設の建設らしいのですが、詳しいことは知らない。浄化水槽内の防水を担当しているだけなので、背景はさっぱりわからないし、わかる必要もない。

現場の入り口に、天満宮と書いた小さな祠の様なお宮さんがあったり、「村内安全」と彫られた石がたっています。
このふたつはいにしえの人たちが、いつまでも元気で静かで平和に暮らせるように祈って建てたものだと思うのです。
しかし、平成の現実はこれ。
一日にのべ1300台のダンプが行き交い、ダイナマイトで岩盤を打ち砕く。
山は切り崩され川は本来の姿を失い、村は破壊されていく。
小さな心ばかりの天満宮に心を込めた人たちは現状を見てどう思うのだろう。

土地というのは現世代に限って使用する権利が認められるものではあるけれど、環境破壊、自然保護といった観点からもより多くの配慮を与えるべきではないのだろうか。と同時に後世にも伝える義務を持つ。

明治の世になって西洋知識を取り入れ、日本人も近代的な・治水治山を知りました。治水というのは、川だけでなく山に生える樹木まで管理する広範 囲な技術で、それを日本の河川にもあてがうことで、洪水を減らしてきました。その反面、川の自然な姿を壊すことにもつながり、護岸工事などが近年、軽々に 行われるべきものではないという声が大きくはなっています。しかしその工事のおかけで、われわれは洪水のない安全な暮らしを手に入れています。
この表裏をどう咀嚼すればいいというのだろう。
事実を並べるばかりでなんら解決策を持ちませんが、この貯水池建設工事を見ていると、そんなことが合わせて頭に思い浮かぶのです。

小さなお宮さんだけど、たくさんの思いが詰まってます。
その心を踏みにじってはいないのだろうか。
複雑な心持ちで、この天満宮を見ました。

私的ローリングストーンズ伝説

未だ興奮覚めやらず。
ミックの腰振り、沖縄のエーサーのようなくねくね手首w、なんだかわかんないけど、かっこええ!
昔はかっこよかった沢田研二に近頃幻滅を感じたことと正反対、ミックはなぜあの体型を維持できているのか。
ビール飲むだろ?
ゴロゴロするだろ?
きっと彼らは「ファンの期待を裏切ってはいけない」の一念であの体型を守っているのだろう。素晴らしいの一言だ。

コンサートは1曲目から総立ち!かと思ったら、立った人の最後尾が自分だった(^▽^;)
後のおばさんたち、座ってた。
ヘンなの。
見えんじゃん。
さすがに途中からは立ってましたけど、空席の目立ったとなりの区画ではほとんど座ってましたね。

前座、リッチー・コッツェン。
十分にかっこよかった。
お客のすべてはローリングストーンズを見にきているのだから、前座がうっとうしいのはわかる。しかし前座はそんなにヘタだったかい?
音の厚み、統一性、ギタープレイ、ボーカル、技術的にストーンズに比べて何かが大きく劣っていたというのかい。

69番席。
君はうざいよ。
「コンサートなれしてるから」みたいな態度は大変に不愉快なんだわな。
ローリングストーンズを見にきてるってことわかる。
しかしね、ストーンズ以外の音楽が好きな者も多数いるわけだ。
前座の演奏中、心の底から出演者を無視する様な態度、誠にうざい。
音楽自体を否定されている気すらした。
もっと気の利いたファンは前座の間、席にはいなかったよ。
見たくないなら外へ行け。
そのくせ、8時直前には上着を脱いでシャツ一枚になった。
いきなり踊り始めた。
ヘンなやつ。

左側のおっさんは1曲目から最後までずっと立ってた。
でもずっと腕組みして、一度も手すらたたかなかった。
不思議だ。
ご本人は盛り上がっていたのかしらけていたのか、教えてほしい。

でも彼らのおかげで、各個さまざまに楽しめばいいってことはわかったから、ぼくも適当に体を動かしてました。ってか、勝手に体が動いてたんですけど。

どうしても言っておきたいのは料金設定です。
S席はスタンドとグラウンド席がある。
同じ料金だよ。
グラウンド内の席はミックのつばが飛んできそうな場所すらある。
彼らは走り回るから、何度も何度も肉眼で表情が見える。
なのに、同じ18000円払ったスタンド席は50m程度先まで移動してくるだけ。
チャーリーがスティックを投げたり、キースのタバコが飛んでくるところが同じ18000円とはいくらなんでもひどい。
何が腹が立つってね、ストーンズに近い場所が当然一番盛り上がってるわけだよ。アリーナの右翼席・左翼席なんて、ストーンズが現れただけでもう最高潮なわけだ。
同じ料金であの渦の中に加われなかったことが、最も腹が立つ!

「運が悪かったねー」で済まされる問題じゃないぞ!

2006年4月 6日 (木)

The Rolling Stones at NagoyaDOME!

前日夜から雨。
最近、イベントのたびに雨が降る。
小豆島へ行った時も、姫路へ行った時も雨が降った。
そして今日も雨だった。

Rsn

一日中関東放浪記を書き進め、4時頃ナゴヤドームへ向けて出立する。
さすがにバスでドームヘ来る人はほとんどいないが、実は名古屋駅や栄へ出るなら大曽根よりも基幹バスの安くて早い。バス停も近い。

定刻きっちりに前座が始まる。
前座もすごくいい。
音でいえばむしろローリングストーンズよりここちらの方が好み。
ギターリストがすげぇのよ。
素人だから技術的なものはさっぱりだけど、遠くから見ているとまるでエドワード・ヴァン・ヘイレンに見える。
また聞きたい。
前座情報お願いします。

前座が30分。
セットの変更などで30分。
きっちり8時ちょうどからコンサート始まる。
3/22の内容と同じだったようです。
全部よかったけど、特にキースの「This place is empty」を挙げたい。CDでは全編低いところで歌うが、コンサートでは1コーラス目以降、1オクターブ挙げて歌っていた。声がとても若い!
仕草や動きまで一挙手一投足までが渋い。
キースはローリングストーンズにいなくても、一人で十分にやっていけたアーティストだろうな。

座っていたかったのに、前のヤツが立つから仕方なくたった。
だって見えないんだもん。
最初のうちは遠慮気味にぱちぱちと拍手。
その後いつの間にか知らないうちに手を叩いていた。
意識してないのに体が勝手に音楽に反応した?
Rough Justiceでは、いっしょにもごもごと歌ったよ。
膝で拍子を取るとは以後から見れば踊っているように見えたかも。
いや、ジョンレノンみたいながに股でかっこ悪かったか?^^
会場内はさして暑くもないのに、1曲目から汗がたらたらとこぼれ落ちる。2局目からは涙なんだか、汗なんだかよくわからなくなる。途中ステージがかすんだりしたから、涙も流れていたかもしれないが、汗と混じってしまって実感がない。
いや、体は正直です、良かったんだよ、ローリングストーンズ。

あんだけ元気なら来年も来るやろ。
来るなら来い、また聞いてやる!
来年は「マタキタヨ、ナゴヤ〜!」と言ってくれ、ミック!

バスのタイミングが悪く、さっき帰ったばかり。
まだ気分が高ぶってみたいだよ...

Dvc00023_m帰りのバスセンターで見つけたパンフレット。
名古屋ー長野間の高速バスが期間限定で往復4000円だと。
期間限定だから、安かろう悪かろうということはないだろう。
「こんなに快適なんですよ」ってことが示したいわけだから、通常と同じ座席配分するだろう。
だからこそ行かねばならぬ。
5月の20日か27日、長野へ行く。
予定をたてなきゃな。

2006年4月 5日 (水)

関東放浪記 (2) 藤沢到着

新快速の大半の客は隣のホームの熱海行きに殺到する。
同じJR東海の、同じ方向へ行く列車同士をホームに並べることができない理由はなにか。
定刻であれば7分の連絡時間。
本数が多いから、次の列車に乗ればいいという話ではないぞ。
もう少しお客の立場になってみろ、と思うのだ。
昨年の豊橋駅の窓口係といい、JR東海には「客商売失格」の烙印を押させていただこう。

熱海行きはオリジナルカラーの113系7連。
満員の新快速の客が全員乗り込んだとしてもまだかなり余裕があるかもしれない。
「後3両は静岡止まり」と車掌が繰り返す。
やはりオリジナルカラーは車両によく合う。
信州色もスカ色もこの組み合わせにはかなわない。(モハ113-607)
乗り換えでごった返す客に「早く乗れ」と言わんばかりに、「まもなく発車しま〜す!」と叫び続け、10時52分に発車する。
富士あたりで「遅くなってもよければ、お会いしましょう」とのマイミクさんのお誘いがある。
そういう時間的制約があるのは「社会」に存在している人のみが気にすべきで、このときの自分ほどその制約を失っている人間はそうはいまい。
よろしくお願いしますと返信する。

定刻到着の熱海で東京行きに乗り込む。
15連でありながら、普通席は大変に混み合っているので、自由席グリーンに乗る。
駅で買えば安いとかなんとか掲示があるが、そんなものをゆっくりと読んでいる暇はないので、とにかく乗り込んで窓際に座り込んだ。
さすがにグリーン車は快適で、今までの喧噪が悪夢のよう。
発車後間もなくして乗客係(車掌じゃないような感じ)がやって来て、グリーン料金をとってゆく。
あまりの快適さに、国府津で特急列車に抜かれるのが不自然に感じるほど。

「あ、普通列車のグリーンだった」

藤沢には14時40分に着く。

関東放浪記 (1) 東海道線を上る

29日朝、名古屋発。
旧名古屋駅南口付近のJRツアーズの窓口で、青春18きっぷを買う。
特急に乗る機会があるかもしれない。新幹線も...
しかし青春18の安さにはかえられない。
発売している期間に休みが得られたのも何かの縁だろう...と考えておくことにした。
切符売り場のすぐ脇には改札口。
駅に着く→切符を買う→改札を通る
乗客の流れが作ってある。

腹が減っているのに食欲がないのは、気が張っているせいかしら。
長旅なのに、こんなことでは先が思いやられる。
ある程度のペースと、「空腹」は回避しておかないと、何事にも集中心を欠く結果となる。
当日の行程を思うとき、ここで食べないと藤沢まで食いっぱぐれる可能性が高い。
駅スタンドで、鴨肉入りきしめんといなりずしを食う。
途中、食欲が増進して、ビールを軽く追加する。
きしめんと言えど、鴨肉のダシが入るとラーメンに近い味わいになる。
鴨肉恐るべし。

9時27分発新快速の"荷物"になる。
たった3〜4両では座ることができるはずもないが、これは「想定内(by堀江貴文)」である。
途中蒲郡で空席ができ、やっとの思いで座る。
こういう時に空きっ腹だとストレスがたまっていくのよね。
熱田付近で停車した遅れを取り戻せず、浜松には 5分延で到着。(サハ313-12)
「寒波が戻ります」という天気予報にも関わらず、浜松はぽかぽか。
多少寒かったのは名古屋だけ?

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