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2006年3月20日 (月)

参勤交代と大久保利通

幕府の凋落

思えば参勤交代制というのは、諸大名の体力消耗策でした。
江戸に取り込んである妻子との生活と、領国経営のふたつを満足させるという大義まで整えて、それは見事な策です。
が幕末、諸外国に対する国力を養うため取りやめます。
佐久間象山の献策によるともいう。
幕府は自分たちの力だけで、体制維持する能力を失ったとも言えるのじゃないだろうか。
ここで思った。
そもそも徳川家が豊臣家の封建制度を引き継ぐ形で政治体制を整えたけれども、大坂を下した後、諸大名の領土をすべて幕府に収用して江戸幕府を正式な日本国政府としたらばどうだったか。
そういう政権下であればより強い指導力が長い期間にわたって発揮できただろうに...。
とまぁ素人が考えるようなことはみな考えているわけで、歴史家や小説家などが発表しているところでは、「それができなかった」という結論になって おります。つまり幕府と言えど、そこまでの力はなかったということ。全国の領土を幕府の手に収める為には全国を完全に武力制圧する必要があります。豊臣家 の地盤を引き継いでいる江戸幕府としては、「土地の所有を認める代わりに徳川家の配下になれ」ということで、そこには合理的精神があります。
きっと幕閣の一部に武力制圧したい気持ちはあったんだろうなぁ。
それを大した力もないうちに成し遂げてしまったのが大久保利通というとてつもない男。こいつはいかにも冷徹な政治家っぽくて好かんのですけれど、物事を冷静に見、判断するという能力では天下一かと思われます。彼が成し遂げたことこそ、完全武力制圧。
西軍(薩長を中心とした連合軍)が各藩を武力で下したわけではないが、結果的にそういう形となり、廃藩置県を強行した。またそれを成功させた能力というのはまったく素晴らしいの一言に尽きる。
織田信長が開いた近世を、「廃藩置県」で以て近代へとつないだ男、大久保利通。
その大久保も殺される。
政敵を葬り続けて国家建設に邁進した大久保の末路はそれだった。
大久保はもっと長生きして日本国を作り上げるべきでした。
暗殺されるような隙を見せた大久保も甘かった。
大久保と同じように国家建設を夢見て潰えた政敵たちこそいい面の皮です。
泉下で反省しろよ、大久保内務卿。

以上が午前2時、トイレで思ったこと。
そう先週の今頃は、便に血が混じっててビビってた頃だよ(苦笑)

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参勤交代とか政治体制などを凋落したかったの♪


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