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2006年3月 4日 (土)

日本の川を甦らせた技師デ・レイケ

読み終えました。
満足度は90点。
物足りない部分は、プロの作家ではないという文章の色気のみ。

これはデレイケを通した、彼の回りのあらゆるものを表現した小説です。
デレイケが来日したのは明治6年。
幕府が倒れてわずかに6年。
「日本は荒れ野だった」と著者は書いています。
江戸幕府によって世界でもかなり早い時期に合議制という近代政体を得たにも関わらず、民の為の政治は行われなかった。
いや、「行えなかった」。
それは鎖国と、幕府の「進歩停止」方針によって、新しい技術が編まれなかったから。その代わりに日本は長い太平を得ることができた。

それではダメだ!と奮起した人たちが幕府を倒し、新国家建設の為にいわゆる「お雇い外国人」を招聘します。そのひとりがデ・レイケなのでした。
数いる「お雇い」の中でも彼は別格。
彼が時の権力者にこびることなく、実力を知らしめながら、その理解を得たことこそ、彼の真骨頂であったと思っています。
時にはプライドをずたずたにされながらも、日本人という存在自体まで理解するように心がけ、仕事を成し遂げようとした心。
その心を松方正義、山県有朋、井上馨といった元勲たちは読み取ったのでしょう。
著書の特徴としては、そうした名前を出すことによって日本の政治がいかなる状態にあったかまでが薄々見て取れる構成も素晴らしく、ともすれば「治 水」の技術書になってしまいそうなテーマを歴史に結びつけてだれでも読みやすく工夫したのが、おもしろさの秘訣でもありましょう。
久しぶりに読んだ快作、怪作でした!

そのデ・レイケを越えた日本人技術者の名前は沖野忠雄といいます。但馬のどこぞの藩士らしい。
また新しい名前を知ったので、彼についてもまた知りたいと思う。
デ・レイケがライフワークとした淀川改修・大阪築港を最終的に仕上げたのは沖野です。
彼が琵琶湖まで含めた総合的な淀川治水計画を建て、デ・レイケにアドバイスを求めた時、デ・レイケは「その必要はない」と言ったとか。著者の解説によれば、デ・レイケは水理学者であって、水文学のことは知らなかったらしい。
それを沖野は知ってか知らずか、ただ微笑むだけだったという。
沖野の写真はサイトでも見ることができるのが、人相の良い笑顔が優しげなおっさんであります。

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