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2006年2月

2006年2月27日 (月)

ETC&カーディオ

エトセトラではないっ!
車を買い替えたらETCのデータも書き換えないかんではないかっ!
うかつだった!
早く気付いてよかった!
明日にも書き換えてもらってこよう!

カーオーディオも手持ちがあったので、ラジオレスオプションにした。車載側コネクターとオーディオ側の形状が違うために、変換アダプダーをかまして取り付けたが....動かん!
あんなもの間違えるところがないはず。
常時電源とアクセサリー電源を確保してアンテナとスピーカーをつないで、アースをとればそれで終わり。今時の派手派手なバッテリー食いのオーディオじゃないからそれでOKのはずなのに。
動かん!ヽ( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄;)ノ

ところが、本体は「かちかち」と音がしてみたり、CDプレーヤーの初期作動音らしき音がする.....ということは.....

壊れているのですかっ!(* ̄□ ̄*;

外したときは壊れてなかったのにな。
CDの音飛びがするくらいだったのにな。
さすがに10年越えるとダメなのか。
そういえば買った時点で7〜8年たってたよな。
壊れててもしかたないか。
明日バッテリーにつないでみてそれでダメなら捨てるしかない。
今や貴重なAMステレオなんで、惜しいんだけどなぁ!

ちぇっ!

2006年2月26日 (日)

酸素!

IMG_9033
ミクロソリウムを育成している水槽で、先頃炭酸ガスの添加を再開したけれども、保障点を上げられないので、光量を倍の80Wにあげてみた。

そしたら水に解けきれずに葉に付いたままの酸素が見受けられました(写真)
久しぶりに見たがきらきらときれいだなー。
光量に合わせて育成していたから、どうにも成長しなかったんで、これからしばらく積極的に育成してみようと思ってます。
かといって45cmの深さでは80W以上上げられないとおもうけど。
保障点の調整が難しいからコケる危険も大きくなる。
珪藻で済んでるうちはいいけど.....

飛行機は夢を実現するか

旅割という運賃割引制度がある。
これがめっぽう安い。
例えば...(すべて名古屋発)
女満別15000、札幌13000円、米子11000円、石垣22000円。

いくつか制約があると思う。
例えば、払い戻しても半額しか戻らないとか、28日前までしか発売されない、かつ発売数が決まっている。
しかし早くから予定を立ててチケットを購入すればだれでもこの値段で行けるということ?

札幌が13000円でさえ驚きなのに、鹿児島の11000円、石垣の22000円に至っては脅威ですらある。

何か裏...というか、わかりにくい制約があるような気がして仕方ない。
詳しい方、教えてぇ〜!

113系

東京の東海道口から消えるらしい。
湘南色といって、オレンジとグリーンとツートーンだけども、厳密に湘南色電車が消えるというのは正確ではない。
湘南色はまだ211系にも受け継がれて行くのだから、その精神はずっと生き残って行く。
ステンレスという材質を有効に生かすために塗色の簡略化は仕方のないところだし。

ところで、113系をかぼちゃ電車と呼ぶのを最近初めて知ったが、いつからこんな名前で呼ばれているのだろう。グリーンとオレンジというのは東海道線沿線の暖かさとみかん畑をイメージングしたものだと記憶しているが、どこから出てきた名だ?>かぼちゃ
名鉄3400系が引退する時「いもむし」という名前がやたらと氾濫した。当時から知っている人たちもきっと苦々しく思っていたことだろう。その電車の現役・全盛時代を知らない世代がおかしなニックネームを付けて引退に際して騒ぐ。
自ら鉄道好きでありながら鉄道ファンが大嫌いなところはそんなところでもある。
近頃では鉄道会社もいっしょになって金を稼いでいますが、やはり会社の方が一枚上手ということですか?^^

どうでもいいけど、人と話すときは形式番号で話してほしい。
話についていけん。。。

功名が辻(9) 命懸けの功名

一週おいてしまったなぁ。
しかし主人公がストーリーを進めるドラマではないので、抜けたところですぐに戻ることができますなw

いよいよ越前朝倉攻めです。
まだ第一回なので、浅井の裏切りにあい、命からがら撤退するの巻です。

浅井の「裏切り」についてはいろいろと言われていますが、亮政〜久政と二代で根付いた浅井家中の親朝倉色が長政に払拭できなかったことと、出来星 大名の織田家に対する嫌気じゃないかな。浅井家だって主家を追って北近江を領する身分になったけれども、織田よりは我が家の方が先輩であるという優越感 (下克上で滅ぼされた主家に多い思想であるが)や、織田の勢力伸長速度、それらに対する恐怖が複雑にからみあって、信長を見限ったのではないだろうか。
元々久政自体家中では人気がなく、長政は期待を背負って当主に就任したと言われるけども、それでも朝倉への恩は捨てられなかったというわけか。
気になるのが「裏切った」という言い方。
これはあくまでも織田寄りの表現でしかない。
浅井にしてみれば、「生死を反古にした」のであり、朝倉なら「今こそ恩を返せ」というべきところであろう。
そもそも信長と長政が誓詞を交わした胸中には朝倉攻めは認識としてあったはずだと思う。それを長政は家中での人気に頼って押し切った。そのまま押せると踏んだ長政の見込み違いだったわけね。
長政はここで久政を斬り、遠藤直経を首にしてでも無視するべきだった。将来を見据えるというよりも、それが長政の生きる道だったと思うから。
長政はそれらをすべて失った。
そして信長がせめて辛い思いをさせないようにという信長の親心をフイにした。長政はこれで生きる道すら失った。

と話は大きくそれたが、今日の長政の表現はひどかったね。
「兵は出さぬ」とまゆひとつ動かさずに断言していた長政だったのに、次のカットでは「一族には逆らえぬ」とやはりまゆひとつ動かさずに言うのだ ね。その顔つきにまったく変化がない。ということは、この中の長政は今回の事件に対してなんら心が動いていない、バカ大名なのだ、という解釈でいいのです かい?
長政の変化の過程が示されないままに方針のみが変わってしまっては、長政は政治的定見を持たないということになります。少なくとも、歴史をこの事件を詳しく知らない人はそう思うでしょうな。
あの、「兵は出さぬ!」の強さに、あれ?ひょっとしたら浅井は寝返らないんじゃ....と、あり得ないことまで心配しましたよ。
表情に変化を与えなかったのは役者のミスか、演出者のミスか。

それにしても、今年の浅井長政はよくないね。
まるで人間じゃないみたいだ。
もともと榎木孝明という役者さん自体がポーカーフェイスっぽい役者さんなのだから、もっと表情豊かに作ってあげないと、冷たい感じにしあがってし まう。今年の長政には市に対する愛情すらあまり感じない。そもそも「岐阜に帰りたいか」とはナニゴトゾ。手切れになった妻子(娘のみ)は実家に送り返すの が戦国の基本ではないか。この長政はだめじゃな。
今のところ、最高の浅井長政は辰巳啄郎です。

また今年もしんがりを引き受けてしまった秀吉です。(笑)
しんがりと決まった一豊は横になりながら「秀吉さまと死ぬのじゃ」とつぶやく。熱演でしたな、上川選手。今日一番のシーンでござりました。ただ し、何を言ってるかよくわからんかったなぁw登場人物だけでなく、視聴者にも聞き取りにくかったという短所があるが、それを覚悟で、ぎりぎりまでつめて迫 真の演技となったのでしょう。

風邪とインフルエンザはちがう

23日の明け方にぞくぞくっとするが早いか、あっという間に寒気の大波に変化して、布団の中でネコになりました。
熱を測ると37度5分。
ふるぶるとふるえながら、眠れない朝を迎えて、熱を測れば38度5分。頭は既にぼやっとしてる。
明けて医者へ行き、インフルエンザの検査を受けるもあっさり「陰性」。かほこさんに「発症してすぐは陰性が出ることがある」と聞いていたので、自分の症状を思う時、「間違いねぇだろうなぁ」と疑いの目を向けていました。
解熱の注射を打ってもらって帰宅。

解熱注射の効果、なぜかまったくなし。
熱が下がったのは夕食時。
半日で効くというのは即効性があるとは言わないと思うのだが...。
ちょいと体が楽になったのでネットをのぞく。といってもパソコンは枕元にあるので電源を入れるだけ。発症してここまで、それだけのことをする元気すらなかったのです。

深夜、また突然の寒気を感じて目が覚める。
またまた38度5分。
もらっていた解熱剤を飲んで寝るが、まったく効かない。
熱が下がったのはまたまた夜。
毎日夜になると下がり、朝になると上がるの繰り返し。
夜になってまたネットをのぞく。

土曜、別の医者に行くことにする。
今までこれほど体力のある風邪にかかったことがない。
それとインフルエンザじゃないかという疑いがどうしても晴れなかったから。
今度の医者では検尿、レントゲンを撮って、点滴を打ってもらう。
医者の話によると、
「インフルエンザはタイミングが悪いと陰性が出ることがあります。今となっては検査しても意味がない(タミフルが効かないと意味?)ので検査はしません」
かいつまんで書くとこういうコト。
おそらくインフルエンザだったんだろうな。
突然に熱が出たことは今まで2度ほど経験しました。
一度は食中毒、一度はインフルエンザ。
中2の時、授業中突然の寒気の襲われて、本人ではなく先生がその異常に気付いたと(笑)
今回の熱の上がり具合がその時の経験によく似てたから疑ってたんだけどねぇ。

今となってはインフルエンザか風邪かわからんけども、最初の医者が時間をずらして再度検査すればひょっとしたら正しい病名が特定できたのかもしれない。
発症して4時間ほどだと言ってるのに。。。
この医者は近所の医者だけど、もう行かないでしょう。
待合室でふらふらしてても知らん顔してるしね。

しかしこんなに立ち上がれないほど体力なかったのか。
まるでウルトラマンのカラータイマーが消えてしまったようでした。

2006年2月25日 (土)

学校が進むべき道はない

>女子生徒はやむなく髪を黒く染めたが、その後休みがちになり、
>10月、通信制私立高校に転校した。精神的ショックで、現在も
>精神・神経科に通院しているという。

女子高生が髪を茶色に染めた。
注意されても従わないので、教師がスプレーで黒く塗った、という事件なのだが....

この件に京都弁護士会がチャチャ入れしているという。
「人権を守るよう」だと。
その前に社会集団にいる以上「学校の規則を守れ」というべきじゃないか。学校の規則が守れないなら学校を代わればいい。学校などいくらでもあるし、髪が茶色くても黙認している学校などいくらでもあるだろうに。

確かに黒く塗ったことはやり過ぎかもしれないけれども、人権云々
する前に、規則を守らなかったことを先に上げるべきだろう。規則がある以上「今時茶髪に目くじらたてるなんて」などという主張は通らない。規則・法律を守ってこそ社会生活が成り立つのだから、学校はきちんと周知徹底する必要がある。

そして女子生徒。
なにが精神的ショックだ。
なめたこと言ってるんじゃない。
そんなことくらいで泣き言を言うなら最初から規則を守れ。

金メダル

病中ですごくいらいらする。
金メダルのこと。

喜びたい人は喜べばいい。
が興味ない人もたくさんいることをメディアは知るべきだろう。
中日は一面使って写真を載せてるし、ラジオもあいさつの如く、
「金メダル...」
いい加減うっとうしい。
普段競技を見ない人たちや、ルールさえ知らずに「日本代表だから」と応援できる神経が理解できない。

政治的対立を常にはらんでいたり、ナショナリズムが常に前面にあ
る限り、オリンピックなんてただの茶番だと思う。
メディアはあおり立てることで視聴率を稼ぎながらナショナリズムを煽る。踊らされた人々の一部は「これが愛国心だ」と感涙にむせぶ。
メディアとは罪深いものだ。

2006年2月23日 (木)

疑問

>JR東海は22日、乗客の利便性や輸送力をアップさせるため、
>東海道新幹線の東京、新大阪両駅を改良する工事計画を発表した。
>東京駅では、約230億円を投入し今年から6年かけ実施。現在の
>「八重洲中央口」付近に改札口を1カ所増設し、切符売り場や自動
>券売機も新たに設置する。
>コンコースに待合室を2カ所新設するほか、内装を全面リニューア
>ル。地震対策として、構内の高架橋柱約370本に耐震補強工事を
>施す。
>JR東海の松本正之社長は「サービス改善のため最大限努力してい
>く」と説明している

この施策で、輸送力が何パーセント伸びるのか、教えてください、JR倒壊様。
嘘つきは嫌いですきに。
従って「JR倒壊も嫌い」
数学的にも私のJR倒壊嫌いは証明されたぁ!(●⌒∇⌒●) わーい

上海なんてララララララララ〜♪

関連会社の旅行が上海なんだそうです。
一人は無料で連れて行ってもらえるという話だったのですが、それは国内の場合ですと。
数年に一度の海外旅行の場合は実費請求なんだそうです。
2泊3日で93000円ですと。
確かにお得だと思いますが、上海みたいな人ごみへナニしに行くのかなぁ。
あたしゃてっきり無料だと思ったから行程表まで見たさ。
そしたらフリータイムばっかりじゃん!
言葉の通じない、しかもメディアの前で日本の国旗を燃やすような人たちがいるような国で「フリータイム」ですか。
おらぁ行きたくねぇよ、と言ったところで、「だたじゃねぇよ」とおやじの一言w
なんで中国なんだろ。あたしは中国なら旅順くらいしか行くとこない。
モンゴルへ行きたいよなぁ。
なにも音のない世界。
星以外に光のない夜というものを経験してみたいのさ。
上海なら湯布院の方がよほど気が利いている。

2006年2月22日 (水)

メール

大変注目しています。
例のメールなんですが。
近頃自民党の追求に対して及び腰ですが、まさかあれだけの情報で、武部氏の身内をやり玉に上げた訳ではないでしょう?

今時メールヘッダを偽装するソフトすらあるというではないですか。なのにヘッダ情報さえ公開しないメールなんてあんなもの証拠でもなんでもない。
素人でさえ、「君らどうかしてへん?」と思うよ。

せめてヘッダ情報をしかるべき部署に公開して捜査させることが第一だと思いますがね。
国政捜査権というものがいかなるものか知らんけど、こんな程度のお粗末な情報では「お話しになりませんな」で終わりです。

うちに民主党の名前で送付されてきてもこんなん無視しますな。
愚かさが架空請求と同レベルだもんなぁ。。。

まだなんか情報を持ってるんじゃないの?
出し惜しみしちゃあダメよ(爆)

クレジットカードのポイント

今月末で期限切れになります。
このカードは燃料や宿泊に使ったりするもので、年間200万近く使います。
自分が帳簿付けする前はずっとのポイントを捨ててきました。
もったいねーーーっ!

さて、商品が問題。
「欲しいけど、金払ってまでは欲しくない」というものばかりw
商品だと1ポイント10円見当で、商品券だとその半分。
昨年は合わせ技で、図書券と商品、それにブックカバー等たくさんもらった。
ことしはなんにすっかなー。
加湿器、空気清浄機、シェーバー。
図書券10000円分というのも捨てがたい。

http://www.nicos.co.jp/hp_pt/waiwai/shohin.html

2006年2月21日 (火)

富山の押し寿司たち

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「富山のます寿司」で有名なみなもとの「ぶり寿司」です。
昨日初めて見たんだけどね、ずっと「ます寿司」だけを作ってきた会社が出した新作(少なくとも自分は初めてみました)はどんなもんじゃろかと買ってきたのですが、家族には大好評!
ます寿司よりうまいと言い出す始末。
困ったもんじゃな^^
8等分してわし2切れしか食えんかった。
もっと食いたいので、名古屋駅まで買いに行こうかなぁ〜

美濃高須の文化と歴史(4)

3階に上がると、能舞台と高須藩の御殿が再現されています。

雨風に晒されず、傷みが少ないということで、この形式の再現物が増えています。
なにもないようはマシですが、味気ない気がしないでもありません。
かといって”長持ちするように”鉄筋コンクリートで作るくらいならやめておいた方がいいです。
結局内部だけの再現なので、あまりイメージがわきません。
室内は保存のために立ち入り禁止となっていますが、歴史的価値があるわけではないためにやっぱりありが
たみは感じない。言い換えれば、時代劇のセットと変わらないんですよね(^▽^;)
書院の壁が萌黄に近いのが珍しい。

ぐるりと回って一階に降りると、どうやらこれがメインらしい施設が真ん中にどんとかまえます。
解説とともに分流工事以前の地図から、現代の地図にと入れ替わります。
最初にこれを見ていればよくわかった様な気がするぞ。これを見たあとまた2階に戻って一通り見学したもの。

IMG_8369およそ一時間ほど過ごして、展示物のひとつであったテープの高須案内を参考に、養老の山中に立つという行基寺へ行くことにしました。資料館からも山の中腹に見えるくらい城郭然としたお寺です。
国道258号から細い道を分け入り、さらにがたがたのコンクリート舗装がしてある急勾配の坂道を上がると、これまた城のような石垣と壁が現れます。とてもこれは寺の雰囲気じゃないぞ。しかしながらに山の削平地だから、広いスペースはなく、近代の城郭としては通用しないでしょう。というか、そもそも場所の問題だ。こんなところを押さえてどうする(笑)
徳川の仮想敵というのは常に西にあるので、南北街道を扼したところでさしたる意味はない、というところで、これは初代義行の意地であると考えておこう。
山門には菊三つ葉葵(正式な呼び名は知らん)が施されているし、本堂には10代義建公直筆の額もあるという由緒正しきお寺。
この寺の一番すごいところはそれではなく、濃尾平野を借景とした庭園なのです。
これはさすがに有料ですが、有料の価値はあると言っておきましょう。
メインの庭園以外にも内庭がありしんとした雰囲気を醸し出しています。
この体のしんを突き抜ける様な冷たさが冬の寺らしい。
自治体は保護していないのか、内部がかなり傷んでます。
有料にすることで、保存費用にあてていると思われますが、とてもも300円や500円では拝観客が少ないこともあって、やっていけないでしょう。ここはいっちょ国指定重要文化財登録を申請してみては?
お寺として本来使用する部分はぴかぴかに磨き上げられたりしていてきれいなのですが、雨風にさらされる部分はどうしても劣化する。
このお寺がね、京都にあればきっと大騒ぎでおばちゃんたちが見に来るのだろうと思うとね、人の無知さってものがあざ笑えてくるのですよ。自分とて例外ではありませんが、「京都」「奈良」というブランドに左右される風潮はやはり「地方の価値」にとっては嘆かわしいものです。

IMG_8415 IMG_8449

 

庭園はまったくの吹き抜け。
見学している時も冷たい風が通り抜けていきます。
スリッパがあるわけでなく、寒さ(冷たさ)に耐えかねて、外に出る。
外に出ても冷えきった手足は冷たく、お寺の冬の厳しさを感じました。

もうあとは帰るぞ!
っと帰宅ついでに千本松原に寄って行きましたけど、やっぱり寒過ぎ!
適当に写真を撮って退散です。
もう寒い寒い。
薩摩のみなさん、ありがとうとお礼だけ残してレポート終わります!

美濃高須の文化と歴史(3)

前出の地元の方は堀田をずっと見てきたそうです。
30年ほど前なら多少は残っていたそうな。

「子供の頃に輪中は知りましたけど、これほど規模の大きな物ものとは全然知りませんでした」
「おっ学校で?」
「輪中の存在は習いましたけど、堀田までは触れませんでした。遠足で連れてきてもらえたら、生きている堀田を見ることができたんですね...」
「でも堀田は大変ですよ。今の農家だったら絶対やっていられないようなものでしたから」
「そうですよねぇ、どうみても効率悪そうですもん(笑)。見るだけの方は身勝手なことばっかり言いますからねー^^」
などという会話をかわしたものです。
本当に見たかった、一面の堀田を。
きっと「これが日本人の知恵なんだなぁ」と感動したろうに。
おそらく、自分と同じように感じていたのが、大垣出身の河合孝氏であったでしょう。
きっと地元の人々は一日も早く堀田から解放されたがった故に堀田は怨嗟の対象となり、写真として保存することすらいやがった。その美しさはきっと部外者にしか理解されなかったのではないでしょうか。その中の一人が河合孝氏だったのでしょう。彼は輪中や堀田の美しさに魅せられて、写真を撮り続けた。この資料館でも、その写真のいくつかが大きなボードに引き延ばされ見ることができます。

「学校の先生ですか」
なんて初めて言われましたw
学校関係者しか来ないのか、ここは!。.:♪*:・'(*⌒―⌒*)))

自然を力で押さえつけることと、妥協すること。
それは従来の日本人の予想を上回るものであったと思います。
自分勝手な言い分ではありますが、一の力を抑制するために二の力を使う。
自然は人間に挑むものではないけれど、いつかはきっと三がある...
日本人は厳しい自然を相手にだましすかして、どうにかやってきたのです。
それは妥協の連続だったかもしれませんが、時には為政者の保護があったりして、とにもかくにも農民たちの糧となり得てきた技術なのでした。
それを西洋の新しい技術で以て一気に完全なる形で制圧した。
三川分流工事では吉とでました。
自然は19世紀末の土木技術で押さえられる程度の自然災害でありました。
が、それが正しかったことなのかどうか、という疑問が胸に灯りました。

2006年2月20日 (月)

美濃高須の文化と歴史(2)

DVC00006_M木曽、長良、揖斐(古くは伊尾)、この三つの川を木曽三川と呼んでいます。
薩摩藩の分流改修工事から約130年ほどして、こんどは明治政府による三川分流工事が計画されました。
今回は西洋の先進治水技術を取り入れるため、オランダのヨハネス・デレイケをを投入しました。
彼は完全なる三川工事分流工事を目指しました。
すなわち、食い違い堤であった油島堤防で長良川と木曽川を完全に遮断する。
同時に三川の川筋を直線的にすることで、抵抗を減らして堤防の負担を軽減する。
同資料館には、もくろみ書をはじめ、計画ごとの書類が展示、比較できるようになっていて、その規模の大きさを見る時、西洋技術の偉大さを思うのでした。

お雇い外国人は大勢日本にやってきました。
役に立った人、役に立たなかった人。
旧幕臣であった渋沢栄一が紡績に関係した時やってきた紡績機械の技術者は年間6000円だかの高給取りであったにも関わらず、何の役にも立たなかったと聞いています。いわゆる「食わせもの」というやつですか。
結局のところ、個人の性格だったのでしょう。
しかしデ・レイケは政府が期待した通りの活躍をしました。
資料館を辞したあと、彼が設計したとされる羽根谷巨石堰堤も行きました。
さぼう会館も行きました。
が、彼のことはわからない。
さっそくAMAZONで「日本の川を甦らせた技師デ・レイケ/上林好之(元・建設省近畿地方建設局河川部長」
なる本を買い求めました。

話が飛びすぎますな^^
IMG_8355 IMG_8364

次なる展示は第二の特徴、堀田(ほりた)です。
資料館の入り口に再現されていたアレです。
高須輪中では開墾のため土を掘ると、水がわき出してしまうのだそうです。
掘った土を高く盛ることで、水田をつくりあげるのだそうです。
水を制圧できなかった当時の人間の最大限の知恵ともいうべき施設です。
どう考えても農地効率は悪いのですが、その反面、長所もあります。
土を掘ったあとの溝部分(これを溝つぶしという)は河川とつながり、当然のことながら魚貝類が入り込みます。しかも流れが穏やかですから、冬は川の本流よりも水温が高くなり、魚貝類が集まりやすくなります。農作業の傍ら魚や貝を捕まえては副食として利用したのです。「ひょうたんから駒」ともいうべきですが、長所はまだあります。魚貝類が餌(動植物性ブランクトン等)を食べて糞を排出すれば、それは水中でイオン化し有機肥料として機能します。つまり、堀つぶしの水を使って耕作すれば肥料分も通常より少なくて済むということ。まさに一石三鳥なのです。
しかし米としての実入りは少ない。
長い間米本位経済で成り立ってきた日本経済では許されざる農耕環境だったかもしれませんが、当の耕作人たちは食べる物に困らず、幸せを感じていたように思います。美濃高須藩の安定した領地経営はそれを裏付けているのではないでしょうか。いわゆる名君がいなかったのに大きな問題が起こらなかったのは、そういう経済環境にあったからこそだと考えます。

北陸道高速特急バス

名古屋ー福井線を往復で使いました。

行きは福井鉄道バス。
10分前に行くと運転手による改札が行われていました。
この運転手氏、きさくな人です。
口調も特別固くなく、客商売としてこなれた感じ。
失礼な感じがないのに、人当たりが柔らかい。

出発しても名古屋駅前をゆっくりちんたらと走る。
自転車の方が明らかに早いけど、クルマが多い上に工事箇所があり、車線が確定してないのではしかたない。
まともに動き始めたのは、栄生交差点を右折してから。
それでも22号線をゆっくりとゆっくりと走る←主観的
高速に入ると風きり音が気になる。窓も次第に曇ってくる。
それでもバスはゆっくりと走る。
車間を取ってゆっくりと。

ETCレーンでは所定通り20km/h以下の速度しか出てないし、乗っている側としてはとっても安心な運転でした。
高速道路での運転手の技量というのはさすがに大したもので、後ろ姿が良い。

後ろ姿というのは、後ろから見たクルマの挙動のことです。

車線の中をきちんと位置取りして走ることができない。
車線の中を右に寄ったり左に行ったり。極端にふらつくのではないから、直接に危険がある訳ではないが、下手なやつだな、とすぐわかる。経験上、女性や年配者に多い。

次に速度が安定しないクルマ。
速くなったり遅くなったり。また、他のクルマに影響されやすいやつ。
左側をたらたら走っているから抜こうとすると突然加速するやつ。これは何も考えてないやつ。

速度の調節をブレーキで積極的にやるクルマ。
これもダメ。
前後左右まったくクルマがいなくてもブレーキを踏むバカがいる。これだけは「バカ」と行っても差し支えなかろう。

平たく言えば、「安定しない」クルマのことを「後ろ姿の悪いクルマ」と言い換えてもいいかと思う。
うまいかヘタかではなく、どれだけ運転に集中しているかが後ろ姿に出るのであって、大変に運転がうまい人でも、子供が後ろで騒げば、安定して走ることは難しい。

これができるのは、バスの運転手でもなかなかいない。
まして高速道路を2時間以上も走れば眠けがわいたりするだろうし、他車に腹立つこともあるだろう。それらを越えて、この日の運転手はうまかった。

実は「強烈にうまかった」と感じたのは、翌日のバスの運転手と比較したからだった。
「飛ばすなー」と感じた割には、行きも帰りも運転時間は同じだっのだ。
ということは、速さを感じさせずに定刻運転できる運転手の方が当然優秀だということになる。
速さを感じさせない=乗客は安心する
運送業者としては、プロなんです。
この運転手氏は途中のバス停での乗降でも、バスの外までちゃんと出て、応対しました。
気分のいい運転手で、次回も福井鉄道を使いたい、と思ったものです。
でもバスは比較にならんほど、帰りのバスがよかったことも書いておこう(笑)

そういうわけで、帰りの運転士手が特定できる、自分の書きこみは削除します(笑)
別に帰りの運転士がヘタってことはではなく、おそらく、行きの運転士が優秀過ぎたということなんだと思いますけど。

ウルトラマンマックス(34)ようこそ地球へ 〜後編

もっとも予想されたしめくくりでした。
マックス復活のくだりは、ガメラ2に出てきた仙台でのガメラ復活とまったく同じ。セットまで流用したんじゃないかと思った。
ここまでパクられちゃあウルトラマンとしてのアイデンティティがなくなってしまうんじゃないかよぅ。
作家としてはそれよりも、言いたいことがあったようで、そのためには手段を選ばなかったということか。それを言い出すとまるっきり平成ガメラシリーズになってしまうのだが。

オリジナリティを感じたのは、銅鐸のこと。
「バルタン星では何に使われていたものかわからない」なんて、ずいぶんと泣かせるじゃないか。地球でも実際のところ、何に使われていたものかはわからない。
地球人の将来をバルタンに重ね合わせたのだろう。
「和む」という科学を超えた生物共通の何かが、ダークバルタンを科学信奉者から生物に戻した。
なにをかをいわんや。
今の日本人そのままじゃないか。
経済を信奉するも科学を信奉するも同じか.....

しかしエンディングに警察官のレオがいう。
「これで地球は救われた」
いいながら背後にはゴミが山積み。
ずいぶんと辛口なドラマでした。

エリーとコバ。
隊長とショーン。
君ら面白過ぎだわ!
エリーを視聴者の手に取り戻せ!(笑)

2006年2月17日 (金)

鬼平スペシアル

とってもご機嫌な夜です。
毎晩毎晩トリノトリノ。
体育系には興味ゼロな人は辟易していたでしょう。
そこへフジの一擲!
きたきたーおにへい!

でもいつもと違った雰囲気の作風でした。
こりゃ長谷川平蔵じゃねぇ、鉄っあんだよ!
「うらみをはらせ!」とか、問答無用で敵役を斬った平蔵。
しかも、敵を斬ったのは幕府領じゃないだろうに。
”からくり峠がもうすぐ”ってんだから、前田の領内に違いない。つまり、前田領内で、旗本が一市民を斬ったことになるのか?
江戸幕府というのは最も大きな大名に過ぎず、法的には徳川家は単に武家の代表であって、江戸で全国の大名を統括している形になっている。火付け盗 賊改めなどという役職は徳川家の職であり、幕府領内のみが活動舞台である。だから前田領内で人を斬ることは越権行為どころか、加賀前田藩の治外法権を冒す ことことになり、けっこう大変なことになるはずなんだけど。まぁ、犯罪者の詳細を上げれば「犬の国」加賀だから、すんなりコトは収まるのかもしれないなw
アノ国で少々骨があったのは、利長くらいじゃきに。

さて、2時間ともなると時間と役者の使い方が贅沢だぁね。
いきなりの大杉蓮。
時代劇では珍しいね。
しかしその両脇は徳井優(めだってたぞ!)ともう一人(名前知らぬ!)ががっちり固めてる。この安定感よ。ひとつかたまりになってる感じが悪役らしくていいね!

ドラマとして一番憎らしいのは、久平の店の描写よ。
この店のシーンですべてが始まり、店で収束する。
ドラマのストーリーとしてでなく、一娯楽作品として見た場合、起承転結のふたつがこの店を舞台に作られていた。
時間の経過、話、顔、照明みんなおちつきがあっていい。あの夜タカがいかにもそれらしいんだけど、夜タカがあんなにいい人相をしているはずない よなぁ。妙に色っぽいし。夜たかなんて生活に困って働くところもない女が世捨て人みたいにして働く場所であり、あんなにきちんとしなを作ることができる、 品の良い女、夜タカとしてはふさわしくない表現なんだけど....
サービスなんだよね!
だって若村麻由美なんだもん!

そして、池波正太郎作品らしく、ちゃんと料理もでてきました。
村松忠之進さんも喜んでましたね!
登場させるだけでなく、作り方まで説明してしまうところが時代劇らしからぬところ。でも池波氏が原作者としてこのドラマがお気に入りであったのは、こういう表現をちゃんと押さえてるからなのでしょうね!

しかしいいものを魅せてもらったなぁ。
仕事中も、
「どうせNHKはオリンピックの中継で『鶴瓶の家族 に乾杯』は休みだろうし、早々に寝るかな」なんて思ってたのに。
しかも2時間スペシアルなんてうれし過ぎです!
こんどはいつ見られるかなー!

2006年2月16日 (木)

日記 〜トヨタ博物館へ行ってきました

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トヨタ博物館へ行ってきました。 (やっぱりな)
11時頃に着いて閉館(16時半)までいました。
5時間半のうち、1時間はランチですから正味4時間半。
一日で全部回りきれなかったということは、開館時には入れということで。
なぜそんなに時間がかかったか、考えてみた。
古い時代の車は速度が遅いだけあって、フロントブレーキがなかったり、ドラムだったり。またブレーキシステムが外部にむき出しであったり、そんなメカニックなところも見てました。
操舵装置もとっても簡単で、まるでプラモデル!
それ以外はやはり写真関連ですね。
アングルがわからんので、ファインダーをのぞきながら車の回りをぐるぐるまわることで、いい絵面を探しました。
そしてもうひとつの原因が照明。
上から、白熱灯のようなまろやかな光と、蛍光灯の光があてられているので、色が微妙なのです。オートホワイトバランスでも焦点によって大きく写真の色が変わってしまう。そんなところを確認しながら撮ってたので遅くなったのでしょう。
でもそのお陰で明るさを露出で感じることができました。
いや、明日になればまた忘れるんだろうけど。
楽しかったなー!

「一枚の写真 思い出の車」という企画展をやっております。
古くは昭和20年代半ばから、昭和45年くらいまで。
わしらもギリギリ被写体になってる頃の写真ばかり、たくさん!
これもなかなか楽しくて、かなりな時間見てました。
いちまいいちまいを確認することはできんかったな。
またいかないかんかもしれん。
納得はいってませんw
年代を超えて楽しめる企画です。
気に入った写真にちゃんと投票してきました^_^

3階の外車コーナーは車種もほとんどわからず、興味あるものだけ撮ってました。おおよそ2時間。普通です。

疲れたので博物館内のレストランでランチをとりました。
まさにランチにふさわしい食事!
こぶりのステーキとエビ・ホタテ・カキのグラタン、サラダ。
それでビールを少々。
この時点で閉館までいることが確定的でしたから。
小ビンを2本。

休憩ののち、2階国産車コーナーへ。
知った車、知らない車、いろいろありましたが、欲しくなる様な個性的な車がいっぱいです。
日野コンテッサ、いすゞベレット、フェアレディ。
でも一番のお気に入りは初代シルビア。
いつみてもエレガントです。
2台目以降はダメだな、全然色気がない。

2階でも2時間くらいいたけれど、警備のおっちゃんと何度顔を見合わせたことか。ちゃんと仕事してます>警備さん
おねーちゃんもいるんだよね^^

本館を出ようとしたのが4時15分頃。
閉館まで15分しかないのに、出口のおねーたまは「新館へもどうぞ!」と言ってくれる。せっかくなので指さす方へと。そちらも三輪車や古木トラックなどがあるんだけども、落ち着いてみていられないよ!
出口ほ出たら16時28分だったけど、蛍の光が流れたり、「そろそろ閉館です」なんていうお客を追い出すかのような放送は皆無だったし、だれもそういう素振りすらありませんでした。
閉館時間て目安であって、必ず締めるという時間ではないのか?
お客本位のトヨタならではかもしれない。

そういえば館内はすごく気分がいい。
聞けば教えてくれるし、そういうお客の表情を読む様な様子もある。気軽に声をかけて説明する。
大したもんだ、トヨタ。

博物館を出て観賞魚店でコケ取り生物たちを買う。
オトシンが1匹350円!
5匹で1500円!
やっぱり高い!
が仕方ないので餌もいっしょに購入して5000円余支払う。
福井行きを控え、痛い出費である。

はぁ〜疲れた。
今から写真チェックしよーーーっと!

治水資料か、トヨタ博物館か。雨は降るか。

雨なら治水発見の旅に出ます(ただし日帰り)。
一号線から背割堤を走って木曽川文庫
旧立田村(現愛西市)に国土交通省木曽川文庫というものがあるようです。ここにはデ・レイケに関する資料と、木曽治水の歴史があるようです。
治水神社
この間通過してまったがや!
輪中の里
長島町。
10年近く前に行った。
輪中総合学習の一環。
今なら違った見方ができそうな気がする。

淀川には治水関連の資料館があるらしい。
ちと遠いけどいずれ行ってみたい。

とかなんとかいいながらトヨタ博物館に行きそう気がしていますw

雨あめ降れ降れかあさんが、
じゃのめでお迎えうれしいな。
ぴっちぴっち
ちゃっぷちゃっぷ
らんらんらん♪

おやすみなさい(o*。_。)oペコッ

F1と馬

●今年はベルギーGPが中止になったらしい。
サーキットの特性などわからないんでアレですけど、ファンの落胆は大きいでしょうな。来年は開催される見込みというけどもどうなることかわかったもんじゃない。今までも何度か危機はありました。
それにしても開催する予算がないとは?
意味がよくわかりません。

●イッツオンリーロックンロールのビデオを探していたら、奥の方から1989年のブラジルGPのビデオが出てきた。現在では最終戦に回されているブラジルGP、当時は開幕戦だったんですね。
そしてこのレースの優勝者はマンちゃんです。
マンちゃんと言えば名古屋地区では長谷川満を指すことがありますが、この場合はナイジェル・マンセルです(笑)
http://sports.yahoo.co.jp/f1/1989/01c.html
懐かしい名前がいっぱいありますなぁ。
まだネルソン・ピケがいるんだもんw
時間がある時にゆっくり見てみたいな。

●ルーベンスつながりで。
ホンダに移籍したルーベンス・バリチェロ、フェラーリに負けるな!
隻眼のサラブレッド、ルーベンスメモリー、がんばれ!

2006年2月14日 (火)

買った

日本の名車シリーズ
自分が何を買っているのかだんだん把握できなくなってきましたが、日本の名車シリーズ1号から最新3号まで押さえました。定期購読するとボーナス としてオリジナルミニカー二台がプレゼントされるらしい。定期購読って聞こえはいいけど、実質ローンじゃないか?って気がしてきた。もちろん途中で解約で きるからローンとは違うんですけど。

とってもよくできたミニカーなので、写真を掲げておきます。
ちいとボケてるけど趣旨から考えて、きちんと撮るべきでもありますまい。実物を買っておくんなはれ。

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写真。
説明の必要はないと思うけど、左からスバル360、スカイラインGTR、トヨタ200GTです。

青春の歌(2)
今週の内容です。
・結婚しようよ/吉田拓郎
・少女/五輪真弓
・雪/猫
・白い冬/ふきのとう
・岬めぐり/山本コータロー&ウィークエンド
・学生街の喫茶店/GARO

アクアライフ2006/3
とっても久しぶり。
特集はプレコだけども、そんなものに興味なしw
ミクロソリウムの現状が小特集でそれが目当て。

歴史街道2006/3
特集1 上杉謙信〜義を貫いて生きる

●番外
日本の川を甦らせた技師デ・レイケ/上林好之

本ばかり買ってます。
別に活字中毒ってわけじゃないんだけど、興味を持つと知らないではいられない。「どちて坊や」みたいだなw

☆彡日本酒も補充。
・南部美人 純米吟醸
・北雪 純米

南部美人は保険です。
重量感があるくせにさらっとした奄美を持つのが気に入ってます。昨年精米率が純米の規定に届かない特別純米酒を買ったけど、わずか200円程度で味のグレードがえらく違う。特別純米酒の存在価値をあまり感じないなぁ。
北雪は佐渡の酒だって。
佐渡の米はうまいっていうから、酒にも反映されてるかな。

愛知県の瀬戸にかつて明眸と言うブランドの酒を作っていた蔵元・柴田合名会社が瀬戸にありました。近頃蓬莱泉の関谷醸造が同じブランドの酒を作っ ているので、酒屋で詳細を尋ねたところ、やはり柴田合名は関谷醸造に買収された(引き取った?)そうです。しかしながら、柴田合名が関谷醸造に変わっただ けで、同じ場所で同じ人が作っているらしい。
明眸ははるか昔に飲んだことがあるけど記憶にないなぁ。
次回は買ってみようか。
そういえば柴田合名会社は昔酒類卸もやってました。
サッポロビールの一次問屋だったけど、それもやめてしまったのかなぁ。サッポロビール踏んだり蹴ったりだな(;^_^A アセアセ・・・

2006年2月13日 (月)

美濃高須の文化と歴史(1)

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「旧海津町になにがある?」
立派な資料館を作って残さなければならないものがあるのか。
といった疑問が、この施設をずっと通過させてきました。
近いということもあるんだけれど、心の中では間違いなくバカにしてました。
でも美濃高須藩が尾張家の連枝であることは知ってました。
美濃高須藩出身の幕末の悲劇の雄、松平容保・定敬を輩出した地です。
どちらかというと、松平容保への興味から、足を運んだというべきでした。

建物は城郭を模した立派な三階建てで、デザインにも凝っています。
旧海津町は力を入れて建てたのでしょう。
ウワサによれば20億かかったとか。
立派な資料館は地区の文化水準を押し上げると思っていますから、むしろ攻めの姿勢を意欲的に感じて好ましい。

海津市歴史民俗資料館は堂々たる濃尾平野の西端に近い、吹きっさらしの中にこつ然と立っている感じ。
回りには何もなく、大江川がこの美しい建物を水面に映しているのみ。
隣にはプールと大きな駐車場があり、海津市の文化の発信地にしようという試みなのかもしれません。
敷地内に入ると、堀田(ほりた)と呼ばれるこの地域独特の水田が見られます。(後述)
その横には巨大な排水機と、堀田を埋め立てる時に使った機関車が2台の箱車を従えて静かに鎮座しています。

この建物は特殊なデザインで、入り口は二階のみ。
一階はガラス張りで、ホテルのロビーのよう。
おもわずそちらへ目が向くけれども、入り口は二階です。
巨大な階段を上がって受付。
料金を払って順路に従い二階展示室に入る。
まずは海津の特殊性その一、輪中の紹介です。
大きな川に洲ができて砂が堆積し、人が住みだしていく様を順を追ってバネルで紹介しています。

○なぜ川の真ん中の様な危険な場所にわざわざ住むのかー。
●ー肥えた砂が川によって運ばれるから。常に肥沃な土地である。

その土地に生きるため、この地域の人たちは古くから多大な苦労をしてきました。
その苦労を払拭するため、江戸幕府はこの地域になんの縁もゆかりもない、ただ裕福であるという理由だけで遠く南九州の薩摩藩に改修工事を命じます。
薩摩藩は兵馬に問うことなく美濃高須にやってきて、当時としては空前の大工事を完成させました。
薩摩藩の死者は85名。
その中には幕府のやり口に憤慨して切腹した者もあったようです。
工事の概要も地図で示されていますし、憤慨してなくなった(と思われる)者の弔いを依頼した書面もあります。
そういった事情を知った上で見ると、薩摩藩の気分というものが透けてみえるようです。
逆に言えば工事を完成させた上で腹を切ることが、薩摩武士の生き様だったのかもしれません。
総奉行平田靫負は工事費の責を負って自裁したと、学校では教えられましたが、実は薩摩藩の総意をたった一人の命で示してみせた、とぼくは見ました。それでこそ薩摩武士であると。
幸いなことに、ここで地元の方と話す機会を得ました。
「わたしたちが子供の頃、『薩摩の人たちには感謝しないかん』と教えられた」そうです。
それだけ薩摩武士は立派であり、押し付けられた仕事だからと投げ出すことなく、真摯にこの仕事を成し遂げた。
地元の人たちにも伝わったのでありましょう。
戦国を経て150年。
腐りきった「直参旗本八万騎」に対し、薩摩がいかに武士であったか示される事件でもありました。

平田靫負の辞世。
「住みなれし 里も今更 名残りにて 立ちぞわづらふ 美濃の大牧」
涙なくしてよむことができませぬ。

2006年2月12日 (日)

功名が辻(6)山内家旗揚げ

いよいよ義昭が岐阜にやってきました。
演ずるのは三谷幸喜。
三谷幸喜は新選組で野田秀樹を使い、こんどは大石静をして自分を使わせたか!
それは冗談としても、足利義昭というと、昔からこのたぐいのキャスティングになってしまうのは、義昭公にとって気の毒なことです。
きっと文化人としては一流のものをお持ちであったでしょうに。
土岐頼芸、今川氏真、足利義政。
文化人として優れた武人はいくらでもいるが、乱世にあっては戦うことでしか人間として評価されない。哀れなものです。せめて今の平和な時代においては、そういう「差別」をなくしたいものだと常々考えています。
土岐の鷹、氏真の蹴鞠。
足利義政にいたっては、一代で東山文化の素地を作り上げた一種の天才でありましょう。
それはともかく、相変わらずの義昭公でござりました。
甲高い声で「御父」と叫ぶのですか、三谷さん^^
芝居っけはゼロじゃないところがさすがに出たがりですが、板についてないです。
まあ時代錯誤家としての登場ですから、笑われてなんぼみたいなところもありますかねぇ。

さて、おもしろい書き方の旧斉藤家縁者たち。
帰蝶、光秀、そして信長。
帰蝶と光秀がいとこだというのは本能寺というブラックホールへの道をあらかじめ読者(この場合は視聴者)に示すのに役立っている。つまり、光秀と信長の二人の関係も注目してみてくださいね、ということになる。
歴史に疎いひとでも織田信長が家臣の一人に殺されたということは知らない人はいないだろう。なのにわざわざ関係を示すということは、おもしろい描写があるということなのですよね。つまりはそういうこと。
・その一。
帰蝶は信長に言う。
光秀は、「太陽と月ほどに違うお方」であると。
しかし合理主義者である信長にはそれは関係ない。
家臣は道具である。
道具を使いこなすのがおれの仕事だ、と。
その考えの中には本能寺の変を導きだしてしまう予感を持っていた様な気もする。

・その二
演出者はさりげなく、光秀が典礼・有職故実に疎い信長を鼻で笑うシーンを挿入しました。信長はきっとその気配を感じ取ったと思われるけども、そこまでの表現はなかったようです。信長はこの道具を使いこなすために、高禄で釣りあげるのだ。

坂東三津五郎の明智光秀は以前見たような気がします。
鉢開きと言われた頭の形が似ているように思いますが、ちょっと芝居し過ぎかな、という気がしないでもない。光秀というと、目元涼やかな青年将校のイメージだけども、坂東は歳食い過ぎ。視聴者が見た年齢で芝居しているために若さが感じられない。初登場にして大人の風格があります。もっと若々しい演技を見たかったですよ>坂東さん
光秀を知りすぎているんじゃないかなぁ。

以下仲間由紀恵の話。
仲間由紀恵はちっともタイプの女性じゃないですけど、このドラマではかわいらしく演じていますねぇ。吉兵衛が相変わらず懇々と語るけれども、受け流す様なすべてを聞き取っている様な風景がまた愛らしい。茶目っ気があって時には無邪気に。
人間いつまでもこうありたいものだなぁ、と思いました。

氷川きよしは希望の星

もうひとつ書いちゃう!^^

氷川きよしのことです。
昨夜、天童よしみと並んでステージにたっていました。
さすがに天童よしみと比べてしまうのは辛いところはあるけれど、氷川が得意とする部分を初めて発見したような気がしました。
「彼は演歌歌手ではなく、エンターテイナーだ」と。
演歌歌手としての彼はかなりの前から不満なのです。
デビューした当時は歌唱力も今ほどでなく、足りない部分を押し隠し、補い、また個性を出すためにも、氷川の歌い方というのは必要だったかもしれない。
が、最初は新鮮な感じがしていても、だんだんと鼻につくようになるものです。
氷川の場合はそれをキャラクターでカバーしてしまう懐の深さがあるのだけれど、その懐を大きく育てていくと、エンターテイナーになれると思うのだ。と同時に彼は声の張りを強調する様な歌を歌わせたら、天童よしみよりもうまい。(より正確に書くと、歌を生かす歌い方。例えば「ニューヨーク・ニューヨーク」ではコブシを回さない。天童よしみはどうんな歌でも必ずコブシを回すのだ)それを今日実感した。ヘタにコブシを振り回すことのない歌唱法が、世界に通用する様な歌い方を作り上げるような気がする。むろん、前述した懐の深さと合わせてね。氷川をプロデュースしている人はそれを目指しているのだろうか。そう考えてみると、氷川の成長の足跡自体一本道ではなかったか。

まだ彼は20代。
このままきちんとプロデュースしていくことができたのなら、日本初の、本物のエンターテイナーになれるのかもしれない。
そんな夢をふと見た、夕べの氷川きよしでした。

想定外評論家 ジャンプ原田編

>◇想定外、申し訳ない
>原田雅彦 初歩的な自分のミス。あの長さのスキーを使うには、体重が0.2キ
>ロ足りなかった。想定外です。申し訳ない。次(ラージヒルと団体)? どう
>なるか分かりません。(時事)

何が想定外なのかまったく意味がわからない。
もしスキーの長さの規定を間違えてしまったことを「想定外」というならば、もっと国語を勉強した方がいいと思うけれど、それに対しては「自分のミス」という正しい言葉で表現しているしなぁ。(「国語を勉強する」というより日本語を母国語とする国民としての「常識」か)
奇々怪々です、原田さん。
それとも時事通信が付け足したのか?
うーむ、奇々怪々です時事通信さん。

こうした誤用が「流行語」という名の下、堂々とまかり通って行くことこそ、国文化の衰退につながるのでしょうね。
まるで疑問文のように語尾を上げる不愉快なしゃべり方も含めて、この国はきちんと国語を管理すべき時に来ているのかもしれません。

パクリとカバー

以て非なるものではありますが、紙一重である場合も少なくない。
NHK「鶴瓶の家族に乾杯」と、テレビ東京系「田舎に泊まろう」は底辺に流れているものは極めて似ており、番組開始当時も「こりゃパクリやろ」という認識を持っていました。それだけに「家族に乾杯」ファンを引きつけて番組が軌道に乗ったかのように見えたものだけれけど、ココに来て「田舎に泊まろう」は、泊めてくれた家族とのふれあいよりも、ゲストが中心になりだして、いい意味で別の番組となってきました。真似が本物になったというべきでしょう。個人的嗜好で言うと、家族の素朴な個性が見られたことが楽しかったのであって、錬金術師のようなお土産作りとか、一宿一飯の恩義だの、大変に不愉快なのですが。
すっかりおもしろくなくなりましたなぁ。

そして、エンディングの曲も、番組の基本概念「パクリ」を象徴するかのように、チューリップの「青春の影」のカバーに変わりました。
歌っているのはCANCIONというグループらしい。
丁寧に歌われていて、好感が持てるんだけども、やはりこれがカバー曲の限界なんですかね。財津和夫から抜け出せていない。そういうアレンジにしているのかもしれないけれど、いくら古い曲だからといってオリジナルと同じ土俵で勝負したら勝ち目ないでしょう。この曲を発表した当時の財津和夫より、歌う技術自体はCANCIONの方が上だと言わざるを得ない。なのに財津和夫のボーカルには遠く及ばない。心にしみてこない。作った本人が歌っているという点を差し引いても、全然勝負になってない。
歌い込みが足りなかったりするのでしょうが、CANCIONなるグループの実力の一端は感じ取れますからプロモートとしてはそれでいいのかもしれないですが。

「田舎に泊まろう」とCANCION。
良い意味でも悪い意味でもキーワードは「真似」ということでした。
劣る者が力の勝る者を真似ることはいいことです。
そうですよね(苦笑)

洗車する

暖かかったので久しぶりに洗車してみた。
12月に寒さをおして洗車した時に風邪を引いたからそれ以来ほったらかし。
3度は雪をかぶったろう。
フェンダーにはヨダレの様な水垢が残ってる。
少しは水垢落とししなければなるまいの。
目立ってきれいになったのは、FF車らしく、フロントアルミホイール。
これだけはぴかぴかになった。

背後では、ちっこいジャガーが洗車してました。
うむ、若いにいちゃんだ。
助手席にはおねーちゃんが乗っていて、エンジンをかけたまま洗車。
まあそれはいいが、ビニールブラシでそのまま洗車するってどうよ。
タイヤの泥を落としたブラシでそのままボディをこするってどうよ。
おねーちゃん、ミニスカート&ブーツで洗車を手伝えとは言わんが、
自分だけしゃあしゃあと車内で化粧するってどうよ。

フロントガラスの撥水コーティングとタイヤの空気圧をチェックして作業は終わり。仕事上がりに洗車するってしんどいですよね。
しかながら冬はスタンドで手洗いする人は少なくて、ゆっくりと洗えますわ。

さて、オイル交換の時期はかなり過ぎてしまってます。
3〜4000kmか、3〜4ヶ月が基準なのに、距離で3000km、半年になる。
ずっとBpの100%化学合成オイルを使って来たけれども、あまりに高値にびっくり。5300円/4Lだったのに、7800円/4Lに値上がりしている!
当分値下がりしないのだろうか。
オイル交換時には同時にタイヤローテーションもやってるため、どちらも作業が遅れ気味。
オイルグレード落とすか!?
うーーーむ....


2006年2月11日 (土)

今朝のウルトラマンマックス(33)ようこそ地球へ

来た!久しぶりに骨のあるドラマだ!
既にカリスマ的な存在であるバルタン星人を超科学宇宙人として登場させている。
バルタン星人のアップが多い割には、スーツの出来があまりよくないようだ(^▽^;)
やはり「特別な存在」でもあるのだから、もう少し気合いを入れてほしいよなぁ。

さて、問題は超科学だ。
超科学!!!
うむ、むずかしいぞ、バルタン!
君らは切断された体のパーツを瞬時にもとに戻す技術を「科学」と呼んでいるのか。バルタン星人は自らの体を改造することによって、はさみから発射する飛び道具を得たのか?
「君たち、ウルトラの星の科学力ではバルタンの科学に勝てないことを承知して....」とは。
なんだ、マックスの武器も科学で得たのか!
マックスでもバルタンでもいい、それを説明してくれえ。
頭の中がぐちゃぐちゃだ!
そういう事実に比べれば、質量保存の法則を克服(無視か?w)したことや、それを行うためにパワーを消耗することくらい大した事実ではない。
それに今回、バルタンからいいことを聞いた。
マックスはデフォルトサイズ(48m)より巨大化することも可能だが、より多くのエネルギーを消耗するとのこと。ということは、逆に24mで戦えば、エネルギー消費はを下げることが出来る。つまり3分以上戦えるということなのか!
マックス、教えてくれ!
そんなことできるんですかっ!(by内場勝則)


UltramanLeo Meets Valtan!

おおとりげんこと、真夏竜氏が登場した!
実はウルトラマンレオについてほとんど知らない。
リアルタイムではセブンまでしか見ていない世代だからだ。
それでも弟が見ているのをちら見しているから、主人公の役者くらいはおさえている。
ついに来たか、レオよ。

真夏竜は悪役で時たまテレビで見かけるために突飛な印象はないが、この役所は、なんとしても楽しい。「見ざる言わざる聞かざる」を背後に控えて「見なかったことにしよう」。悪役・真夏を知っているだけに、とても楽しい一コマになったと思う。意外とこんなコミカルな芝居もするんだなぁと少しうれしくなった^^

個人的にあまり興味はないけどほんとか?、タイニーバルタン役の女の子の巻きスカートが、一瞬ハラっとまくれたのはサービスカットなのか?
別に中身が見えたわけではないが、ドキッとさせるには十分であったぞ。

さて、今週のマックスはとうとうバルタン星人に敗れてしまった。
うちの5歳になる甥は深い悲しみに沈んでいたぞ。
一般的な流れとして「科学」で勝てないということは、つまり「道理では勝てない」ということである。勝つ為にはそれを超越した偶然に期待するか、いわゆる「根性」に頼るしかないことになる。その他に、「ダークバルタンが間違いに気付いた」という裏技もあるが、わしら大人はそういう子供だましの結論には期待しない。力で勝つことがウルトラマンの正義だから(爆)

それにしても、ウルトラマンが負けるという事実は子供にとっては大きな衝撃なんだな、と今日知りました。
がんばれ、ウルトラマンマックス!(^w^) ぶぶぶ・・・

2006年2月10日 (金)

日本の古風景

今宵はぐったりと疲れて、夕食もそこそこに、7時半頃寝室で横になってました。
手の届くところにあったのが「街道をゆく(7)」。
それを手にとって、5ページも読まないうちに寝ていた....

自分は、こういうことがあまりない人なのだけれど、疲れてたのかなぁ。
所得申告の書類がとりあえず終わったという安心感もあったのかなぁ。
明日は土曜日だという喜びもあったのかなぁ。

今日は日中風が少なくて暖かな日でした。
本のにおいのする、静かな空間にいたいとなんとなく思った。
例えば地方の滅多に人が来ない歴史資料館や民俗資料館。
木製の農機具を見るとなんだかほっとする。

40年くらい前、おやじの在所にあった農機具小屋。
民俗資料館はあれと似たにおいがしたな、とふと思った。

そういえばあの農機具小屋はおそらく江戸時代の建物だったんだろうなぁ。
すごく懐かしい。

共同通信よ、お前もか

>日本郵政公社も「想定外のケースで、確率の計算は専門家に委ねるしかない」と話
>している。

共同通信がバカなのか、日本郵政公社がバカなのか、だれか教えてください。
日本人として日本語のニュアンスの微妙なズレがわからないのだろうか。
別に「想定」という言葉が嫌いではないけれども、ここまで来ると「予想」という言葉を忘れてしまったのかと言いたくもなるものだ。
もういい加減にしろ、うっとうしい。

そして、このくだらない記事。
350枚の中に1等から4等までがすべてあったと。
申し訳ないが、そんなくだらない記事に付き合っている暇はないのですよ。
アホらしい。

2006年2月 9日 (木)

市場が幼稚園に

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名古屋市内某所の写真です。
若い頃、このあたりを食品配送してた関係で、多少土地勘がありました。
ところが約20年ぶりに来てみるとすっかり風景が変わってました。
左の幼稚園は市場であったし、道路右側の高層住宅は木造平屋建ての住宅がたくさん並んでいました。しかも高層住宅の背後は一面の水田でした。
道路でさえ乗用車がやっと行き来できる程度の幅だったのに、右折車線含めて3車線に。
時間が流れるというのはこういうことなのですかねぇ。
発展して住みやすくなることはいいことなのでしょうが、自分が知っている世界が少しずつ消え去って行くようで、さみしくもあります(´・ω・`)

藤田元司氏 死去

元巨人軍の監督、藤田元司氏が亡くなりました。
74才とは。
著名な人の多くは平均寿命に達せず亡くなる方が多いと感じるのは、自分だけでしょうか。
著名であるということは、秀でた活躍することが必要です。
秀でるためにエネルギーを多くの使うのか。
ご冥福をお祈りすると同時に、彼の功績をたたえるために、記憶に残っている試合をひつだけ記して、合掌に代えたいと思います。

1983年だったでしょうか、日本シリーズ第3戦。
独走で優勝を決めたのに日本シリーズで日本ハムに苦戦。
第3戦6回まで完全に沈黙させられていた巨人打線がわずかに見いだした光明はサード中畑のライトオーバーの2ベース。
相手投手は間柴でした。
ここで4番がロイ・ホワイトがスタンドいっぱいに入る2ランホームラン。
あの起死回生のホームランが、今でも巨人の思い出として、また藤田監督の思い出として残っています。

先の近藤監督の逝去といい、時代は変わりつつあるのかなあ。
野球に興味を失って久しいけれど、アノ頃の野球は面白かった気がする。

さようなら、藤田監督(/□≦、)エーン!!
あの日本シリーズはきっと死ぬまで忘れません。

伊福部昭氏、逝く

またひとつの才能がこの世を去りました。
その才能の持ち主は伊福部昭。
故佐藤勝氏と並んで、戦後の日本映画音楽を支えた一人です。
今の日本ではそれ以上に、ゴジラマーチの作曲者として有名です。
ゴジラを作り上げた才能としてもまた一つが消えました。

なんとも悲しい。
円谷英二、本多猪四郎、田中友幸...
そして50周年記念作品、「ゴジラ FINAL WARS」を最後としてゴジラがスクリーンにいないさみしさ。
作り上げた人たちの大半がいなくなった今、ゴジラは次世代に引き継がれるのか。
このまま消え去ってしまうのか。

今頃彼岸で昔話に花を咲かせているのだろうか。
なんにしてもも彼らは帰らない。
冥福を祈るしかありませぬ。
夢をありがとうございました:・。
・゚゚・(≧◯≦)・゚゚・。

2006年2月 7日 (火)

これが日記というもの...かな^^;

雨が多いですな。
今日も午後から雨。
まだまだ季節は冬だけども、それぼ冷たくない。
「春雨じゃ、濡れていこう」と気取りたくなるけど、まだ冬だった!

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ローリングストーンズの日本公演。
料金の捻出苦に、あきらめる方向で気持ちの整理をつけていたところ、今朝の中スポ。
「7万人を飲み込むストーンズ」だもんな。
気持ちの整理といいながら仕事中はずっとミックががなり続けてるし、家に帰って「A Bigger Bang」を2度も聞く始末。
機会を捉えて、予算獲得!
ふふふふふふあああああああぁぁっ!
コンサートなどというものをついぞ見たことがないので、心構えとか、姿勢とか、なんも知らないので、渦にまぎれることができるかどうか不安だけども、そんな不安よりナマでストーンズが聞きたいという気持ちが強すぎる!
他府県へとわざわざストーンズを求めて行く人もいるのに、地元公演を見逃す手はないのだ。
やはり行くのだ、ストーンズ!
ところで、ナゴヤドームS席ってどこらへんなんだっ?!!!
メンバーとの距離はっ?
某マイミクさんの録画要請。
今朝わかった(苦笑)

拝啓、デアゴスティーニ様。
ゴールデンポップスと並行して「青春の歌」も買わせていただきました。隔週刊というのは「デアゴスティーニ貧乏」の私らに対する配慮なのでしょうか( p_q)エ-ン
並行するのではなくて、ひとつのシリーズが終わってから、発売してくださいよ。貧乏人には負担に耐えきれないのです。
あたしはまだ某社の「日本の名車」シリーズも抱えておるのです。
今日など、書店へ行ったら、左から、
ゴールデンポップス10、日本の名車1、日本の名車2、青春の歌1、日本の100人1、日本の100人2と並んでいまして、本屋の中をわざわざ探す必要もない環境でござりましたです。
これは、喜ぶべきか、嘆かざるがごとし(?)
しかしゴールデンポップスシリーズの内容の深さに比べると、いささかもの足りません。このクォリティでは買い続けることは難しいかもしれません。

2006年2月 5日 (日)

功名が辻(5) 新妻の誓い

おもしろいのぅ、いい流れじゃのう(@⌒ο⌒@)b ウフッ

千代(仲間由紀恵)の明るさと吉兵衛のいっこくさ。
今回これが一番であったかと思います。
山内家の家紋・三柏の由来を延々と語る吉兵衛(武田鉄矢)に、自らのキャラクターで明るく包み込む千代の呼吸が、いい空気を呼び空間の優しさを作り出しています。戦国を暗く捉える吉兵衛と、あくまでもプラス思考に捉える千代との対比も、「乱世でござりますれば」の吉兵衛のセリフにもよく現れています。また、そこに絡ませる新右衛門(前田吟)の表情も抜群で、言葉もなく笑顔だけで場を丸くする演技力はさすがと言わねばなるまい。

もう一組おもしろそうなのが、堀尾吉晴(生瀬勝久)、中村一氏(田村淳)。中村一氏が少々物足りないが、今のところ他の二人がカバーしている現状です。今日は生瀬が目立ってよく、この人物がもっとストーリーに絡めるとおもしろいかなと思いますが、いずれ豊臣家を裏切るこの3人の活躍ぶりがいかなる方法で表現されていくのかのが楽しみです。

今回、NHKが舘ひろしを信長役に立てたかわかるような気がしてきました。このドラマにおいて、信長は主人公ではないのです。傍系の人物でしかない。そういう人物はドラマ内に於ける最大公約数(最小公倍数?)的存在であることが問われるのであり、必ずしも司馬的信長である必要はないのだと。今日の信長は裏の優しさを示す場面が珍しかったがこれは信長自身へのフォローではありません。「天下布武」を掲げ、独善的だけども、人並みな優しさを持った人に仕えているのだという、山内一豊に対するフォローなのだと感じました。
「千代の良妻ぶり」をテーマにするならば、信長に対する細かい表現は、視聴者の目先をそらせてしまうかもしれない。でも今のところ、大石静と舘ひろしの織田信長は原作の信長像とはそれほど乖離していないと思う。要は、この緊張感がどこまで続くかということですね。
まだまだ期待できる(⌒^⌒)b うん

今日のニュースから

今日未明、名古屋市内の国道23号線で運転トラブルでもめているさなか、同乗者がはねられるという事件があったそうな。
名古屋ローカルのテレビ報道によると、はねられたふたりは2車線あるうちの中央寄り車線(第二車線)ではねられたとか。
大高町地内の23号線といえば自動車専用道区間で、いわゆる「高速道路」。深夜と言えど、交通量が少なくない道路でもあり、よく中央まで行ったもんだと思われます。
はねた方は加害側とはいえいいツラの皮です。
まさかあそこに人がいるとはだれひとり思いますまい。
そういう信頼の上にたっての高速道路なのだから、加害者の責任追及は正確にしてほしいと思うのです。
ひらたくいえば「そんなところに立つなんて、あんた非常識だよ、まさに自殺行為。40才過ぎてそんなこともわからんかったのかい」というところです。
同じくクルマを運転する者として、加害者が気の毒だと思うのです。

>検察幹部は、「堀江容疑者が否認するのは想定の範囲内で、

YAHOOのニュースに出ていた読売新聞の記事。
検察幹部ともあろうものが「想定の範囲」などと、被疑者が好んで使っていた言葉を使うとは何事だろう。
それとも被疑者を小馬鹿にする意図で使ったのか。
日本人総白痴化は検察組織にも及んでいる。
なんと嘆かわしいことか。

スイレン

スイレンといっても、スイレン鉢にて屋外で栽培し、花を見るという人たちとは根本的に違っていて、わたしらのような熱帯魚飼い(以下アクアリスト)は、葉を見るものとして育成・栽培します。
水槽内で花を見ることはそれほど困難なことではないようですが、少なくともうちの環境の場合は肥料の量、光量など、クリアすべき点は少なくなく、しかも魚が中心になっていて環境的に難しい。
スイレンは肥料食いだそうです。肥料をどんどん与えないとバルブの栄養分が失われるばかりで、そのうちに枯れてしまう。かといって大量に肥料分を 与えるとコケる。光量が植物体の保障点を越えた分はコケ(正確には藻類)が吸収し、水草も育つが、コケも育つと言う植物万歳水槽になってしまう。

そもそもスイレンが入ってる水槽には根がはるほど底砂が入ってなかった。スイレンの花を見るためにも根が張ることは必要不可欠であるから、底砂の追加とともに肥料も買いました。
鉄分を含んだものと、微量成分を含んだ物。
水槽内専用品には窒素が含まれないか、もしくは少量です。魚の吻から窒素が生成されるからだそうですが、化学おんちなので詳しいことは聞かんといてください(笑
とにかく消極的なチャレンジだけれども、花を見たい。

スイレンには2種類あります。
温帯性と熱帯性。
温帯性は日本の冬でも凍結しなければ冬が越せますが、花が地味。熱帯性スイレンは水槽内のように水温管理された環境でこそ育成は可能ですが、加温しなければ冬は枯れます。

水槽内で「ロータス」などと呼ばれて売られているの大半は後者ですが、それでもなかなか花は咲かんのねぇ。
肥料はどんどんやるから大きく元気な株になってくれりぁいいか!

結局何が言いたいかって、肥料を2種類買ったということ。
緩効性だけれども、どのくらいで効き目が現れるのかな。
現状、上にかぶせた底砂から葉がそろそろと姿を現し始めたところです。

2006年2月 4日 (土)

今週のウルトラマンマックス 〜かわいいエリー

エリーがUDF攻撃に利用されるというストーリー、なんて冴えてるんだよぅ!
勢いに乗ってるなぁ、脚本家(大倉崇裕)。
「仲間を犠牲にすれば、全体が助かる」というのは、昔からあらゆるドラマで使い古されているネタでもあるけどそれは言いますまい。なぜなら中心に は「エリー」という愛らしいアンドロイドが絡んでいるからで、さらにはコバ隊員を巻き込み、マックスらしさを出している。と言おうか。まぁウルトラマンと いう特殊性ならではの話の広げ方というべきでしょう。

しかしこうしてみると「エリー」という存在はUDFにとっては諸刃の剣なのだな。味方につけておけば役に立つが、敵に回ると怖い。もっともエリーに限らず結果的に「裏切り者」ならば、敵に回れば怖いに決まっているのだが(苦笑)
UDF、そんなエリーを野放しでいいのか。
なんらかの保護回路か、ブログラムはインストールしたのか?
netskyとは訳が違うぞ!

エリーはかわいいなぁ。
今日はベッドに横たえられているエリーを下から撮っていた。
エリーがはいているのがタイツなのかストッキングなのかおじさんは気になるぞ。スカートの中は明るくさえあれば見えるのか、それともそれはかなわぬ夢なのか...
あ、いかん、煩悩が....( -_-)ノビシ*)゚O゚)あぅ

エリーの口癖に「非合理的です」というのがある。これはスタートレック(宇宙大作戦)のスポック副長の口癖、「それは論理的ではありませんね」を パクったものかと思うが、かわいいエリーと、アンドロイドという現実を結びつけるために機能しているように思った。「真似だ」なんていう人間に撮っては、 コメディでもあるのだが。
その割には人間にかなり感化され始めているエリー。
これからのエリーの変化が楽しみだね!

最後のエリーのとびっきりの笑顔。
これだけでも見た価値はあるってもんだ!

本編に戻る。
今日の”怪獣”ケルムは、宇宙工作員仲間にケサムという男がいた。彼は以前地球にやって来た時にみずき隊員と出会い、傷の手当を受けたり交流が あったことは知るところであると思うが、今回それを伏線として利用することなく話が終わってしまった。むろんそれでもなくとも話を詰め込み過ぎで、ケサム とみずきのことを盛り込む余地はなかったとは思うけど、これは一考、映画化してみてはどうだろう。そのためにはもっと話を掘り下げる必要はあると思うが、 宇宙工作員としてのケサムVSケルムまで突っ込んでみたりしたら結構いけると思うな。ケサムとみずきの逸話は、ケルムと言う仲間を登場させるならばそのま ま捨て置くのは惜しいと思う。

あぁ、マックスのことをすっかり忘れてたよ笑⌒⌒⌒(~ _△_)~ギャハハ!
まぁいいか!

間の悪さも時には愛嬌に

ゆうべのこと。
NHKのローカルニュースみてたら、動物園で行われた豆まきの映像が出てきました。
当然のパターンとして、参加者にインタビューを試みたNHK。
記者「どうだった?」
子供「・・・」
画面には「かわいかった」とテロップが出ております(笑)
天茶、画面の子供に向かって、
「はよ『かわいかった』って言わなぁ」

微笑ましい一コマでした。

2006年2月 3日 (金)

ウッドキャット死亡

数匹いる”ウッドキャット”の最大の個体が死にました。
”ウッドキャット”という南米アマゾン水系に棲む魚は、何種類かの魚が含まれている可能性があり、脂ビレのあるなし、棘の数、生息地で分類されます。
死んだ個体はおそらく最も一般的なParauchenipterus galeatusだと思われますが、実のところ採集地が不明で、同定できていません。そこで解剖してみようと、画策し、死体を冷凍しました。
解剖すれば、ウッドキャットの皮下脂肪の状態などは目視でわかるはずだから、これからの飼育に参考になることもあり得ます。

以前フナを解剖した時鰓の数で見事ギンブナを同定しましたが、フナのような違いがParauchenipterus属のなかに存在するかどうかから調べなきゃならん。生息地が違うだけで別種で登録されている例は決して少なくはないのです....

うちに来たとき10cmにも満たなかった個体が12年で約20cmに。
大体予測として15才くらいだったと思われます。
20年くらい生きそうな雰囲気の魚だけどなぁ、実はそんなに生きられないのかもしれない。

The Rolling Stones!

4/15名古屋ドームに来る!

日本公演最終のしめくくりになりそうで中日スポーツは今から「争奪戦必至」と脅かしよる。
行きたい、見たい。
2万円くらいしかたないか。

今までの来日歴、彼らの年齢を思うと、これが最後になるかもしれない。というよりも、ローリングストーンズじゃなくなっているかもしれないという危惧もある。
A Bigger Bangを知り得たのは運命だったのかもしれない!

肩のハリにお灸を

むち打ちの影響で左肩が傷むのかと昨日一日患部に温湿布を貼ったまま首にはタオルを巻き、保温して仕事・作業に従事しました。
確かに首は温かいんだけども、こんどは右の方肩までが突っ張る感じになってきましただ。
むち打ち部の痛みもずっと止まないし、こりゃあむち打ち部をかばってるから右に凝りが回っちゃったのかなぁ。
むち打ちの痛みは少しは軽減、今日は歯の浮きや顔面の痛みなどはありませんでした。

家人は医者へ行け、という。
でも整形外科、すごく混んでるんだよ。
6時頃行ったって診てもらうのは7時過ぎ。
そんな無駄な時間の使い方したくない。
それよりも..だ。
お灸はどうなんだろうと。
経験者の方に聞きたいのだけれどツボの見つけ方ってどうしてますか?
ツボがはまれば効きますか?
亀屋佐京で買うのだ。

火事がありました。

oe

名古屋市港区大江の東レ名古屋事業所で火事がありました。
今のところ死者はないもようです。
たまたま近所にいたので写真撮りました。
報道によれば爆発したらしいけど、そんな音は聞こえなんだなー。

2006年2月 2日 (木)

消えてなくなってほしいもの

>昨年3月に名古屋鉄道が路面電車を廃止した岐阜市では、線路
>を残してDMVを導入出来ないか検討中。

驚くべき岐阜市の身勝手さというほかありません。
大赤字にも関わらず時間4本の列車を確保していた名鉄の努力を無
にしたあげく、名古屋鉄道の財産でもある岐阜市内線の軌道を、岐阜市は名鉄の許可を得て再検討を始めているのだろうか。
もういい加減にしてほしい。
岐阜市って交通施策に関してまったく一貫性のない、少なくとも自分が知る限り最低の自治体というほかない。

この際名鉄は岐阜県から撤退すべきじゃないか。
岐阜なんかいらんいらん。
嫌われ者同士JR東海と仲良くやればよろしい。
あー腹がたつ!

2006年2月 1日 (水)

中山道 美濃近江国境から不破の関

IMG_8347
次の目標は不破関資料館。
国道21号に出ればすぐですが、それではおもしろくないし、多少時間にも余裕があるので、このまま旧中山道をクルマで走って関ヶ原まで行くことを思いつきました。旧街道なんだから歩かなかんのだけどね。まぁ多少とも旅情を味わうということで。

5分ほどゆっくりと走るとまたまた国道に出てしまうのですが、その手前に寝物語の里があるらしいのです。どういう施設だか判ぜんとしないし、自分も実際行かなかったのですが、その舞台となった、美濃・近江国境の溝は見学しましたよ。
「街道をゆく」24巻で司馬遼太郎氏はこのあたりを歩き著わしています(未読だ)。
国境の溝を指差す氏の写真も有名です。それを見た。
しかも今日はただの「溝」ではなく生きた溝で、水が滔々と流れていました。司馬遼太郎とこの空間を共有できたという事実だけで、この部分だけがこ の世でないような錯覚に陥ります。付近には大きな工場があったり、今時の住宅もあるというのに。人間は精神で生きているんだなぁ。
大型トラックに踏切を譲ってもらって国道を踏み越え、さらに中山道を進みます。この一帯は今須の宿らしい。
それらしい雰囲気は感じられるものの、積極的にそれを利用しようと言う気持ちはあまり感じられない。新建材による新しい住宅は古街道には似合いません。

今須宿を抜けて再び国道21号と合流し、すぐに左脇道にはいります。これももうただの山道。積み上げられた雪が80cmのほど高さになり、「ここは雪国だよ」と語りかけてきます。
国道と合流して20mほどで中山道に戻ります。
「生活道路だから通り抜けはご遠慮ください」とありますが、"中山道"を走っているのだから、許されたし。

狭い道を無理して回り込み、不破関資料館を発見。
ここは発掘の成果を展示してある資料館で、不破関のジオラマが展示されています。古代の城跡に準じた施設でなかなかにおもしろい。当時の武装などが見所といえば見所かな。
古代に造詣のない自分には触れようがないなぁw

ちなみに不破関跡は慶長5年福島正則が陣取りし、宇喜多秀家とにらみあったところ。またその左背後には小早川秀秋がいたという場所です。

中山道をさらに行くとすぐに国道です。
伊勢路は近いのだ。
島津義久はこの道を逃げたのだろう

中山道・柏原から今須へ

続けます。

資料館は松浦邸の建物をフルに利用しています。
母屋を南北半分に分けて東はビデオと宿場のジオラマで、宿場の概要を説明し、その奥にある蔵を改造した展示室で実物を含めた資料を見る。日本初のCMソングと資料館が言う亀屋佐京商店(左京ではない)の歌も、再現されていて聞くことができます。ほのぼのとしてどこか微笑ましいのです。
二階には広重の中山道六十九次がすべて掲げられています。これを順に追って行くのも非常に楽しい。
栄泉による作品と広重による作品の違いを掲示によって知り、フムフムと納得する。顔がしっかりかきこまれているのが栄泉の作品で、デフォルメされるのが広重の作風。どちらも江戸自体の風俗が見られて楽しい。
その他にも魅力的な展示もあるけれど、ここですべてを書くと、行った先での感動を書き留められないので以下、割愛します。
前後しましたが、順路としては、ビデオ→蔵→母屋となります。

出口で丁寧な挨拶を受けて、記帳した後外に出ると、やっぱり雨が降り続けてました。ひょっとしたらやむんじゃないか、と淡い期待は簡単に裏切られ、仕方がないので前後を少し歩いて柏原宿を去ることにしました。
 IMG_8316 IMG_8320 IMG_8326
今須方面へ歩くと亀屋佐京商店、ありました。昔と違い店の間口はぴっちりと締められてはいましたが、中からは「トントントン」と何かをたたく音が しています。よもぎの葉っぱをたたいている音なのでしょうか。その傍らには店の象徴でもある福助が外を見ているけれど、ガラスには「撮影禁止」の文字。
福助じゃなくても、建物次第が文化財。こちらだけの撮影だけで満足です。
高札場なども撮影して引き返すことにしました。
冷たい雨のお陰で体感温度も低く、首が痛くなってきました。

今日は雨で風景などが見えなくて残念でした。
この資料館のおばさんの話では宿場の背後には清滝山とさらに奥には伊吹山が見えるとのこと。
清滝山はそれほど高くない山なので少し目にすることができましたが、伊吹山はさっぱり。晴れた日に真っ白な伊吹山を借りたらきれいな風景写真が撮れそうに思います。
米原市と資料館が観光地としてあげている大半に行ってません。
歴史ある地も多く、再訪する必要がありそうです。

まだつづきます。

中山道60番目の宿場・柏原

てなわけで米原へ行って来たんだけども、21号線を走っていたら、資料館のお誘いがあるわけ。看板が出てる。
最初は「不破関資料館」次に「柏原宿資料館」
行きはスルーして帰りに寄ってみました。
上下に向かって看板があるからわかりやすいですな。
もっともナビを見ながら走ってると、21号線にやたらと中山道がからみついているのがわかるので、それでなくともそそられます。

米原から30分もかからず柏原。
国道に掲げられている案内に従って左折して、旧中山道へと入って行きます。「旧」と言ってもこの部分での道幅はさして狭くない。それだけ繁華な宿場だったということにもなるのでしょう。
IMG_8332 IMG_8334
柏原宿資料館は古い町並みに埋もれるようにして建ってある。
数ある風情ある建物の中でもひときわいい感じ。
しかしながらクルマを止めるところがないので駐車場求めて行ったり来たり。らちがあかないので、資料館で聞けば、細い路地を国道へ上がって行った途中にあるとのこと。
「ちょっと遠いけど...」
いやいや、止められればいいのです。
クルマってホント邪魔だ(苦笑)

資料館の詳細についてはホームページがあります。
ここです
入り口で料金300円を払うとにこやかなおばちゃんが登場。
バンフレット一式をいただいて、さいごにしおりを一枚。
「ここのボランティアの方が作られたものです。よろしかったらお使いください」としおりをいただいた。
もみじの葉っぱが封じ込まれたしおり。
心が通ってるってこういうことなんだな、と感じ入る。

地方にしては展示物がメジャーです。
本物の高札、萬留帳(295年間にわたる宿場の記録)等。
それに加えて、ふれあいの間の呼ばれる資料館の建物そのもの。
ここに使われているガラスはなんという呼ばれているのかは知らないけれど、今となっては入手しにくいものであると、以前訪れた深谷市・大寄公民館 に保存・公開されている誠之堂のガイドさんがこぼしてました。旧家などを取り壊す際に譲ってもらうのだとか。古い建物を保存して行く苦労は大変だというこ とを語るエピソードでもありますが、ここのガラスはまさしく誠之堂が欲しがっているガラスなのです。
外部がそのまま見えず、少しもよもよもよとなって見える、そんなガラス。当時はハイカラだったのでしょうなぁ。建設の粋とかいうか遊び心か。建物の雰囲気とはびっくりするくらい一致しているのが、またまた好ましいのです。
この建物はオフィシャルサイトによると旧松浦久一郎邸を改造したとあるのですが、素人目に見ても一般の住宅ではないのは一目瞭然。一階には床の間 のある部屋が東を上にして複数に並んでるし、二階も真ん中に通路を通して部屋がいくつか並んでる。それに使用人の部屋などがないのも特徴です。つまり、こ の家は宿ではなかったのかと思うのですよ。床の間のある部屋群も、ふすまで隔てられているだけなので、取り去れば30畳近くの部屋になります。
明治の文豪が好みそうな雰囲気。
暖房がないから室内は冷え冷えしているけど白熱灯の温かい光が寒さを多少和らげてくれている気がする。しかし外には未だ解けない雪が氷となって鎮座してました。高さ1mなり。

続きます

北陸おでかけパス

DVC00008 DVC00009
来る2/18に富山へ行くにあたって、最も近いJR西日本の旅客駅・米原へ行って来ました。
むろん、クルマです。
わざわざ前もって買わなければならない切符の名称は、

北陸おでかけパス。
お値打ちな分、制約が多い。
1.使用1ヶ月前から発売される。
2.使用する7日前までしか発行しない。
3.土・日・祝だけに販売される。
4.発売される駅が限られている。

その昔、北陸ワイド周遊券という切符がありました。
南は敦賀、東は糸魚川、平岩まで自由に乗降できた切符でした。

おでかけパス、北陸ワイドの救済切符ということもできるかもれません。
制約が多い分逆に乗降区間は以前に比べて拡大され、南は北陸線・長浜、小浜線・青郷、東は北陸線・谷浜、大糸線・中土になりました。
ただしフリー区間までの運賃は必要になり、特急・急行には乗れません。
しかし2000円という安さ。

問題は扱う駅が近くにないこと、一週間前までには購入しなければならないこと。
おりからの雨で体を持て余していたこともあって、ドライブがてら米原まで出かけてきました。

JR西日本は頭が低い。
某豊橋駅の態度の悪い社員のいる会社とはえらい違いで、米原駅の窓口係は言葉もていねい、態度もよく、気持ちよく切符が買えました。
JR倒壊..東海は西日本に接客を学んだ方がいいんじゃないか?と思いました。

むちうちないちにち

半日、両親のお伴をしてホームセンターめぐりをしてました。
名古屋市内にあるカインズに行ったらまあこれが広い広い!
同行者は展示方法がわかりにくいなどぶつくさ言ってましたが、それ以前にどうになにがあるか把握できない広さに問題があるでしょう。
トイレだって広ければいいというわけじゃないのと同じで、ホームセンターもやたらと広ければいいってものじゃないと痛感しました。
必要なものが必要なスペースにあればいいのだ、と。

それはともかく、冷やかしのくせにいつまでも店内をうろついている同行者。
冷えせいか疲れのせいかわからないけれど、以前やったむち打ちが痛くて痛くて帰りたい自分を無視していつまでもうろついてやがる。そしてカインズ、広いくせに座るところがないのね。
仕方ないから壁にもたれてしゃがみこんだ。

あぁ首が痛い...
そのうちに傷みが顔まで広がってきて歯が浮いてくる始末。
同行者も戻って来て、フードコードのコーヒーで休憩したりしたものの、傷みは引かずひどくなるばかり。
ついでによった花屋でも首を押さえて前を向いたまま。
あぁなんてこったい!

それにしても喫煙者というのはどうしてこうも無神経なのか。
運転手が煙草を吸ってないのに、平然と吸う神経にはあきれ果てる。首は痛い、タバコくさい、もう地獄以外の何者でもない。
二度とやつらをクルマに乗せないようにしよう。

年寄りというのは、なんであれほどわがままなんだろう。
自分が「枕カバーを買う」と言ってるのに、探している自分を無視してさっさと自分らだけ店舗の外へ出てタバコを吸っている。
人がどれだけ店内を探したかなんてことはまったくおかまいなしで、それが当然の様な顔つきである。
あれで人のことを「わがまま」だというんだから、あきれるばかり。えんま様の前に引き出して奴らの姿を鏡に映し出してやりたいものだ。

自宅に帰って風呂で暖めると首自体の傷みは一時的に引いたが、顔の違和感や歯の浮きによる痛みはなかなか引かない。こうしている間も痛い。
幸いコルセットをしていったため、腰はなんともありませんでした。これ不幸中の幸い。
もう首もコルセットしないかんかなあ。
どうせ医者に行っても治らんだろうしなぁ。

今日同行した人たちとは今後一切いっしょに出歩かないと誓った 一日でもありました。
あんたら最低やわ。

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