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2006年2月 1日 (水)

中山道 美濃近江国境から不破の関

IMG_8347
次の目標は不破関資料館。
国道21号に出ればすぐですが、それではおもしろくないし、多少時間にも余裕があるので、このまま旧中山道をクルマで走って関ヶ原まで行くことを思いつきました。旧街道なんだから歩かなかんのだけどね。まぁ多少とも旅情を味わうということで。

5分ほどゆっくりと走るとまたまた国道に出てしまうのですが、その手前に寝物語の里があるらしいのです。どういう施設だか判ぜんとしないし、自分も実際行かなかったのですが、その舞台となった、美濃・近江国境の溝は見学しましたよ。
「街道をゆく」24巻で司馬遼太郎氏はこのあたりを歩き著わしています(未読だ)。
国境の溝を指差す氏の写真も有名です。それを見た。
しかも今日はただの「溝」ではなく生きた溝で、水が滔々と流れていました。司馬遼太郎とこの空間を共有できたという事実だけで、この部分だけがこ の世でないような錯覚に陥ります。付近には大きな工場があったり、今時の住宅もあるというのに。人間は精神で生きているんだなぁ。
大型トラックに踏切を譲ってもらって国道を踏み越え、さらに中山道を進みます。この一帯は今須の宿らしい。
それらしい雰囲気は感じられるものの、積極的にそれを利用しようと言う気持ちはあまり感じられない。新建材による新しい住宅は古街道には似合いません。

今須宿を抜けて再び国道21号と合流し、すぐに左脇道にはいります。これももうただの山道。積み上げられた雪が80cmのほど高さになり、「ここは雪国だよ」と語りかけてきます。
国道と合流して20mほどで中山道に戻ります。
「生活道路だから通り抜けはご遠慮ください」とありますが、"中山道"を走っているのだから、許されたし。

狭い道を無理して回り込み、不破関資料館を発見。
ここは発掘の成果を展示してある資料館で、不破関のジオラマが展示されています。古代の城跡に準じた施設でなかなかにおもしろい。当時の武装などが見所といえば見所かな。
古代に造詣のない自分には触れようがないなぁw

ちなみに不破関跡は慶長5年福島正則が陣取りし、宇喜多秀家とにらみあったところ。またその左背後には小早川秀秋がいたという場所です。

中山道をさらに行くとすぐに国道です。
伊勢路は近いのだ。
島津義久はこの道を逃げたのだろう

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