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2006年2月12日 (日)

功名が辻(6)山内家旗揚げ

いよいよ義昭が岐阜にやってきました。
演ずるのは三谷幸喜。
三谷幸喜は新選組で野田秀樹を使い、こんどは大石静をして自分を使わせたか!
それは冗談としても、足利義昭というと、昔からこのたぐいのキャスティングになってしまうのは、義昭公にとって気の毒なことです。
きっと文化人としては一流のものをお持ちであったでしょうに。
土岐頼芸、今川氏真、足利義政。
文化人として優れた武人はいくらでもいるが、乱世にあっては戦うことでしか人間として評価されない。哀れなものです。せめて今の平和な時代においては、そういう「差別」をなくしたいものだと常々考えています。
土岐の鷹、氏真の蹴鞠。
足利義政にいたっては、一代で東山文化の素地を作り上げた一種の天才でありましょう。
それはともかく、相変わらずの義昭公でござりました。
甲高い声で「御父」と叫ぶのですか、三谷さん^^
芝居っけはゼロじゃないところがさすがに出たがりですが、板についてないです。
まあ時代錯誤家としての登場ですから、笑われてなんぼみたいなところもありますかねぇ。

さて、おもしろい書き方の旧斉藤家縁者たち。
帰蝶、光秀、そして信長。
帰蝶と光秀がいとこだというのは本能寺というブラックホールへの道をあらかじめ読者(この場合は視聴者)に示すのに役立っている。つまり、光秀と信長の二人の関係も注目してみてくださいね、ということになる。
歴史に疎いひとでも織田信長が家臣の一人に殺されたということは知らない人はいないだろう。なのにわざわざ関係を示すということは、おもしろい描写があるということなのですよね。つまりはそういうこと。
・その一。
帰蝶は信長に言う。
光秀は、「太陽と月ほどに違うお方」であると。
しかし合理主義者である信長にはそれは関係ない。
家臣は道具である。
道具を使いこなすのがおれの仕事だ、と。
その考えの中には本能寺の変を導きだしてしまう予感を持っていた様な気もする。

・その二
演出者はさりげなく、光秀が典礼・有職故実に疎い信長を鼻で笑うシーンを挿入しました。信長はきっとその気配を感じ取ったと思われるけども、そこまでの表現はなかったようです。信長はこの道具を使いこなすために、高禄で釣りあげるのだ。

坂東三津五郎の明智光秀は以前見たような気がします。
鉢開きと言われた頭の形が似ているように思いますが、ちょっと芝居し過ぎかな、という気がしないでもない。光秀というと、目元涼やかな青年将校のイメージだけども、坂東は歳食い過ぎ。視聴者が見た年齢で芝居しているために若さが感じられない。初登場にして大人の風格があります。もっと若々しい演技を見たかったですよ>坂東さん
光秀を知りすぎているんじゃないかなぁ。

以下仲間由紀恵の話。
仲間由紀恵はちっともタイプの女性じゃないですけど、このドラマではかわいらしく演じていますねぇ。吉兵衛が相変わらず懇々と語るけれども、受け流す様なすべてを聞き取っている様な風景がまた愛らしい。茶目っ気があって時には無邪気に。
人間いつまでもこうありたいものだなぁ、と思いました。

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