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2006年2月21日 (火)

美濃高須の文化と歴史(4)

3階に上がると、能舞台と高須藩の御殿が再現されています。

雨風に晒されず、傷みが少ないということで、この形式の再現物が増えています。
なにもないようはマシですが、味気ない気がしないでもありません。
かといって”長持ちするように”鉄筋コンクリートで作るくらいならやめておいた方がいいです。
結局内部だけの再現なので、あまりイメージがわきません。
室内は保存のために立ち入り禁止となっていますが、歴史的価値があるわけではないためにやっぱりありが
たみは感じない。言い換えれば、時代劇のセットと変わらないんですよね(^▽^;)
書院の壁が萌黄に近いのが珍しい。

ぐるりと回って一階に降りると、どうやらこれがメインらしい施設が真ん中にどんとかまえます。
解説とともに分流工事以前の地図から、現代の地図にと入れ替わります。
最初にこれを見ていればよくわかった様な気がするぞ。これを見たあとまた2階に戻って一通り見学したもの。

IMG_8369およそ一時間ほど過ごして、展示物のひとつであったテープの高須案内を参考に、養老の山中に立つという行基寺へ行くことにしました。資料館からも山の中腹に見えるくらい城郭然としたお寺です。
国道258号から細い道を分け入り、さらにがたがたのコンクリート舗装がしてある急勾配の坂道を上がると、これまた城のような石垣と壁が現れます。とてもこれは寺の雰囲気じゃないぞ。しかしながらに山の削平地だから、広いスペースはなく、近代の城郭としては通用しないでしょう。というか、そもそも場所の問題だ。こんなところを押さえてどうする(笑)
徳川の仮想敵というのは常に西にあるので、南北街道を扼したところでさしたる意味はない、というところで、これは初代義行の意地であると考えておこう。
山門には菊三つ葉葵(正式な呼び名は知らん)が施されているし、本堂には10代義建公直筆の額もあるという由緒正しきお寺。
この寺の一番すごいところはそれではなく、濃尾平野を借景とした庭園なのです。
これはさすがに有料ですが、有料の価値はあると言っておきましょう。
メインの庭園以外にも内庭がありしんとした雰囲気を醸し出しています。
この体のしんを突き抜ける様な冷たさが冬の寺らしい。
自治体は保護していないのか、内部がかなり傷んでます。
有料にすることで、保存費用にあてていると思われますが、とてもも300円や500円では拝観客が少ないこともあって、やっていけないでしょう。ここはいっちょ国指定重要文化財登録を申請してみては?
お寺として本来使用する部分はぴかぴかに磨き上げられたりしていてきれいなのですが、雨風にさらされる部分はどうしても劣化する。
このお寺がね、京都にあればきっと大騒ぎでおばちゃんたちが見に来るのだろうと思うとね、人の無知さってものがあざ笑えてくるのですよ。自分とて例外ではありませんが、「京都」「奈良」というブランドに左右される風潮はやはり「地方の価値」にとっては嘆かわしいものです。

IMG_8415 IMG_8449

 

庭園はまったくの吹き抜け。
見学している時も冷たい風が通り抜けていきます。
スリッパがあるわけでなく、寒さ(冷たさ)に耐えかねて、外に出る。
外に出ても冷えきった手足は冷たく、お寺の冬の厳しさを感じました。

もうあとは帰るぞ!
っと帰宅ついでに千本松原に寄って行きましたけど、やっぱり寒過ぎ!
適当に写真を撮って退散です。
もう寒い寒い。
薩摩のみなさん、ありがとうとお礼だけ残してレポート終わります!

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