最近のトラックバック

2016年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« 功名が辻 (4) 炎の中の抱擁 | トップページ | 姫路攻城記(5) »

2006年1月30日 (月)

岐阜市長選に寄せて

現職の細江氏が再選されました。
投票率は30%と過去最低。
今や投票率の低さはどこでも似た様なものですが、改めて見てみると30%というのはすごい数値ですね。
有権者の10人に7人は知らん顔しているというんですから、呆れたものではあります。もっとも自民・民主・公明が現職を推薦しているのだから、既にその時点で負けているという見方をされてしかたないのではありますが。

ところで、この細江氏、様々な問題を醸し出して新聞をにぎわしてくれたのですが、岐阜市民はそれらをすべて受け入れたという認識でいいのでしょうか?
路面電車、産廃、例の議員との握手など。
大都市の首長にふさわしい人だと認めた?

選挙というのは、議員や首長を選ぶと言うだけでなく、主権者の意志を示す場でもあります。産廃問題に憤っていないのか?
福井や富山などで積極的に鉄道の利用法を模索しているこの時期に平然と廃止することに対しての疑問はないのか。
もしそれらのことを思うならば言わなきゃダメ。
反対候補に投票するという方法でもいいし、白票でもいい。怒りを怒りとして表現することが大切です。

それにしても30%。
「勝ちが決まった選挙なんかに行ってもしかたない」
わかるけれど、それではいかん。
岐阜市中心部では超高層ビルが建設中というが、それとて「他人のふんどし」
岐阜市はこのまま埋没してしまうのではないか。。

何度も例に引くけど...
ポーツマス日露講和会議の全権・小村寿太郎が国会で発言しました。
「政党政治など百害あって一利無し」と。
小村氏のいうところは、ぼくが言わんとしているところとは違うかもしれないけど、言葉尻だけをとれば、その通りだと思われる。
個人を押しつぶして多数をもり立てる。
しかし個人が必ずしもそこまで配慮する必要はないと思う。
自分の利益になる人を推す。
それでいいんじゃないかと。
それが個人のための政治ではないんだろうか。
そうしたたくさんの意見が集積された結果が、「大衆の意志」となりうる。
それは「個人主義」とか「こじんのわがまま」などという言葉で置き換えることができるものではないと思うのだがのぅ。

« 功名が辻 (4) 炎の中の抱擁 | トップページ | 姫路攻城記(5) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/163414/8413852

この記事へのトラックバック一覧です: 岐阜市長選に寄せて:

« 功名が辻 (4) 炎の中の抱擁 | トップページ | 姫路攻城記(5) »