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2006年1月30日 (月)

姫路攻城記(5)

IMG_8183姫路城はやはり美しい城でした。
完成された、という使い古された表現を使えば名古屋城天守こそその名にふさわしいかもしれないけれど、姫路には防衛機能をも備えた天守の迫力というものもあります。治世の為だけの城ではないのだなぁ。治世力ではなく、武力の象徴ともなっています。
でも被写体としては2歩も3歩も引いた方がいいですねぇ(;^_^A アセアセ・・・近くで撮ってもなにがなんだかわからん。

さきほど通った水五門で備前丸からの通路と合流し、天守へと挑みます。

備前丸にたって天守を見上げる。
広角側いっぱいにして見てみる。
備前丸の南端いっぱいに立つ。

傍らを見ると似た様なカメラで城を見上げているおっさんがいた。あたかも自分を見る様な気がして辟易し、さっと天守へと上がるのでした。
IMG_8189
天守内の造作については素人が解説したところで映像が浮かぶものでもなく、経験者の想像のみ任せることとしたい(と逃げる)
天守一階には台所と称する物があるが、こんなものが果たして台所として機能していたのだろうか。
藩主在国時は備前丸にある御殿にいたというし、これは籠城時の備えなのだろうか?
その証拠に、傍らにある厠も調査の結果未使用であったことも判明しているし。
天守に籠城するってねぇ、意味ないよ。

天守最上階は城のあり方として当然望楼です。
中央には長壁神社が祀られていました。
IMG_8216
天守到着は15時前。16時の新快速に乗るためにはぐずぐずしていられない。千姫が住んでいたと言う西の丸はあきらめて、急ぎ天守を降ります。天 守を降りると言っても連郭式だから素直にまっすぐ降りられない。天守北面の東小天守〜渡り櫓〜乾小天守〜渡り櫓を経由しなければ下に降りられない。あーも どかしい!w
渡り櫓内には昭和の大修理の時に発掘された当時の大工さんの道具なども展示されていて大変興味深いものでしたが、ほとんど早歩き状態で通過。
大急ぎで外へ出て、三国濠を背景にして写真を撮る。これだけは欠かせない名所ですからね。「撮らされている」といわれても、押さえないわけにはいかない。

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