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2006年1月29日 (日)

姫路攻城記(4)

IMG_8118ホの門をくぐると右に2間幅程度の壁が立っています。
織田信長が桶狭間で今川をうちやぶった時に寄進したと言う熱田神宮の壁によく似た作り。伝説によればこの壁、姫路時代の秀吉公が作らせたものだと か。「へぇ〜」と壁をなぜて見たい気にもなりますね。秀吉も自分と同じように「ようできとるがや」と同じ言葉で壁を評したかもしれない。400年の時を越 えて^^

この壁で天守への経路は二手に分かれます。右へ下ると天守へ直結する水一門。近道などしてもしかたないのですが、すべてを見る為に水五門まで行って戻りました。
IMG_8131
実際に攻城戦となれば、勢いに乗った攻城兵はまっすぐに進み、天守群を一周する形で備前丸へ取り付き、これを押さえたのち天守へと向かうことにな ります。勢いというのは大した物で、おそらくは水の門へ向かう兵はやる気のない兵と、冷静な兵でしょうなあ。やる気のあるものははやるあまり勢いに乗りや すく、そのまま猪突猛進するだろうから。ともかくもこの壁の前で攻城兵は二分されて、各個撃破しやすいかたちにするのだなぁ。

順路に従って腰曲輪に入ると左側にはずらり食物蔵が並んでいます。そういえば名古屋城天守の北にもかつては米蔵、塩蔵が配置されていました。天守 北側に設置するのはいかなる理由なのでしょうな。姫路城の北と名古屋城の北。どちらも地理的に守りやすいつまり安全だという共通点はあるようですが。

この蔵こそが姫路城に「しらさぎ」の異名を与えていると思えばついつい親しみをIMG_8133感じるのも無理はなく、塩蔵では「木材にも塩分がしみ込んでいると...云々」に従って、軽く扉をなめちゃいました。
うむぅ、確かにわずかに塩味がついているぞ。
きちゃない...(^w^) ぶぶぶ・・・

ホの門を突破した猪突猛進兵は文字通り猪のようにまっすぐ進む。
腰曲輪で若干広くなった通路はこの先再び小さな門と狭い通路によって首を絞められた形になります。狭い通路の先には上り坂ではなく下り坂が設置されているのが築城の妙ですね。ここで人のカタマリとけが人が続出することでしょう。その時には天守は燃え上がっているかも(爆)

搦め手入り口でトイレを借りて(場外だからおじさんに頼んだ^^;)
大急ぎで備前丸へ。
予定の列車まで1時間半くらいしかないぞ。
急げ!

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